アメリカンドリーム
テーラーメイド・アディダス社CEOのマーク・キング氏は、ゴルフ用具に関する新ルールの提案を始めています。以前から 15インチのホールカップ使用や、ビギナーはバンカーからボールを手で投げてもいいといった、アマチュアにとってゴルフをもっと易しくするような新しい ルール、プレー方法を提唱していました。
「ゴルフに新しい人達の参入がない。まだゴルフをしたことがない人達が興味を持つとすれば、それをとても重要なことと感じなければならない」とキング氏 は、PGAマーチャンダイズショー期間に行われたインタビューに応えています。「現状では我々が新しいゴルファーを得たとしても、一年以内に離れていく人 もいるだろう。それは時間が掛かりすぎるからでも、費用がかかりすぎるからでもない。ただ楽しくないからで、難しすぎるからだ。この20年で建設されたゴ ルフコースは全てチャンピオンシップコースばかりで、それらのコースはアベレージゴルファーのコースではない。難解なコースでの難しいショットは、求めら れていない」と指摘しています。
キング氏は「USGAは手始めにゴルフのルールをツアープロ対象と、アマチュア対象の二つに分けなければならない。そしてゴルフをもっと易しくしなければ ならない。次にタイガー・ウッズ、フィル・ミケルソンそしてティム・フィンチェム氏(PGAツアーコミッショナー)が、"これは本当のゴルフだ。奇妙なゴ ルフや変なゴルフではない"と積極的に話すべきだ」と語り、PGAオブ・アメリカには、普及させる努力を望んでいます。
キング氏は「USGAはゴルフの歴史を守るのが責任だと言うが、ゴルフの将来も守らなければならない。現在USGAが示唆しようとしているのは、効き目の ない微調整をしているに過ぎず、ゴルフをリードする組織としては物足りない」とゴルフウィークのインタビューで批判しています。
ゴルフ人口が伸び悩んでいる米国では、どのように新しいゴルファーを獲得するかを模索しているようですが、ゴルファーを増やしていくためには大変面白い考え方だと思います。
グリーンの面積も大きくなっており、アスリートゴルファー用の普通のカップと、アベレージゴルファー用の大きなカップがあってもプレーに支障はないはずです。
私はコースレッスン中心に指導していますが、初心者の生徒さんでも、ボールが前に飛ぶようになるとコースに連れて行きます。すべてのショットをティーアッ プし、曲がった場合はボールをキャディにフェアウェーの中央まで持ってこさせて、ティーアップしたボールをプレーしてもらいます。ゴルフではないとお叱り を受けるかもしれませんが、コースでは何をしなくてはいけないのかを、経験してもらうことがゴルフの第一歩と思っております。始めたばかりの生徒さんでも パターや、ショートゲームの楽しさは理解してもらえますし、上手く打てたときの爽快感も味わうことは可能です。初ラウンドの第一打からすべてルールブック 通りにプレーする必要はありません。ゴルフの楽しさを広々としたコースで感じていただき、景色を楽しみ、ゴルフを好きになってもらうためには有効な指導法 だと思います。初めてのラウンドが、あわただしく走り回るだけではつまらないですよね。ゴルフ規則は罰則ではなく救済法で「プレーヤーの味方」でなくては ならないはずです。初心者に優しいルールがあっても、決しておかしな話ではありません。
PGAツアーがフェデックスカップを創設して以来、ルーキーが今シーズン4試合目の「ボブホープ・クラシック」を制覇し、初めてランキングトップに立ちました。優勝1回、3位1回と驚異的な活躍をしているジョナサン・ベガスです。
J・ベガスはベネズエラ出身ですが、ベネズエラといえば、日本で名を挙げたアレックス・ラミレス、ペタジーニ等、プロ野球選手の名を思い出します。ベネズ エラにはゴルフコースが全部で20コースぐらいしかないそうで、プロゴルファーは数えるほどしかいないようです。それどころか、チャベス大統領は政治的見 解から「エリートスポーツ」としてゴルフ嫌いで有名で、ゴルフ場をいくつも閉鎖しようとしていて、既に閉鎖に追い込まれているところもあります。ベネズエ ラ人にとってメジャーリーガーになることが「アメリカンドリーム」であり、成功し富を得るための最短ルートだったのですが、ゴルフ嫌いのチャベス大統領の 考えさえも、大きく変えなくてはいけないプロゴルファーが誕生しました。
J・ベガスは、ホウキで石ころを打ちながらゴルフを覚えたそうです。父カルロスは、母国に設立されたアメリカ企業「エクソン」のためのゴルフコースでキャ ディをして生計を立て、その後、苦労してそのゴルフコースの中に売店を出し飲食物を売り、それでなんとか家族を食べさせてきたということです。
J・ベガスは「とにかくあるものを拾っては振り回して、その辺にあるものを打っていました。プラスチックのボール、石、家中にあるものを何でも打って、よ く窓を割っていました」と語っています。石油掘削労働者のための団地に隣接していた9ホールのショートコースで友達と練習し腕を磨き、2001年のベネズ エラジュニアを優勝、翌年の世界ジュニア選手権に出場して6位に入賞と実績を残しています。
世界ジュニアの渡米期間中に、父カルロスはベネズエラで息子のスイングコーチをしていたフランシー・ベタンコート氏と、その教え子ケビン・カーク氏に「息 子を預かってもらえないか」と打診、父が石油ビジネスをしていて一時米国に住んでいたカーク氏は、ベネズエラのゴルフ環境ではJ・ベガスの将来の可能性が ないと、ベタンコート氏とともに受け入れを決めたのです。2002年、17歳だったJ・ベガスは「挨拶程度の英語、洋服を数着、ゴルフクラブ」を手に渡米 したのです。ベタンコート夫妻はJ・ベガスを我が子のように受け入れ、英語の勉強のために地元のコミュニティーカレッジ(短大)に通わせたそうです。送り 迎えをするだけではなく、午後はゴルフ場で付きっきりの指導。2003年のヒューストンオープンでは、マンデー予選を通過するまで上達し、同年 TOEFL、SAT試験(日本のセンター試験)を合格、翌年からテキサス大学に入学できるまで英語もゴルフも一人前になっていたのです。大学のコーチ、 ジョン・フィールズ氏曰く「ジョナサン・べガスという人間をサポートしてあげたい・・・そういう人しか彼の周りにはいなかった」と振り返っていますが、周 囲の人々のサポートのおかげで、大きく成長した結果といえるでしょう。
プロ転向したのが2008年で、昨年のネイションワイドツアーを経て、今季からツアーメンバーになったばかりの今季2試合目で優勝とは凄いことです。優勝 賞金90万ドルと、2013年までのシード権も得たのですが、何より今年のマスターズや全米プロ、さまざまなビッグイベントへの出場権も得ました。
優勝した「ボブホープ・クラシック」では、平均飛距離308.7ヤードで3位、FWキープ率は75.0%の13位タイ、そして平均パット数は27.4で 16位タイとティグランドからグリーンまで安定した成績でした。2007年の全米アマチュア選手権に出場していた際のヘッドスピードが何と61.7m/s だったそうです。それからはショットのばらつきを減らすためにボールコントロールする練習に取り組んだとか。それでも現在は55.9m/sでいずれにして もツアートップクラスです。
「アメリカンドリーム」を成し遂げたものの、J・ベガスが有頂天になることはなさそうです。あっという間に転落することがある米ツアーの厳しさを、ベガス は理解しているはずです。なぜならベネズエラという南米の小国から、米国にやってきたその日から、差別の中で世の中の厳しさを肌で感じてきたはずです。 「国を代表する初のプロゴルファーになりたい。そしてベネズエラのゴルファーも対等に戦えるということを証明したい」という1球にかける思いは誰よりも強 く、周囲に支えられてきたことに感謝し、さらに輝くことは間違いありません。


