ロイヤルトロフィー
アジアと欧州2大陸間によるチーム対抗競技「ロイヤルトロフィー」が1月7日から9日まで、ホアヒンの「ブラックマウンテンCC」で開催されました。第一回(2006年)から、毎年「アマタ・スプリングス」で開催されていましたが、今回はホアヒンでの開催となりました。
欧州チームの初代キャプテンは、メジャー大会5回優勝を誇るセベ・バレステロスでした。スペインの伝説的な一流選手だったバレステロスは、そのカリスマ性 と闘争心によって「ライダーカップ」では選手としても、キャプテンとしても活躍していました。バレステロスは「チームゴルフは非常に特徴があり、興奮する 競技である。私の競技歴の中で感動的な瞬間の多くを、ライダーカップで体験した。プレーヤーとキャプテンとして、自分のために戦うばかりでなくチームメー ト、国、代表する大陸の人々のためにも戦うという、まさに忘れることができない瞬間が多々ある。信じられないほどの誇りを感じ、その緊張は想像を絶するも のがある」とチームゴルフ「ロイヤルトロフィー」にかける熱い思いを語っていました。しかしセベは2008年10月6日にスペインのマドリード空港で倒れ 意識不明のまま病院に搬送され、精密検査の結果脳腫瘍が見つかりました。計4度の腫瘍摘出手術を行うなどした結果、ゴルフが出来るまでに回復したようで す。しかし3回大会のキャプテンはホセ・マリオ・オラザバルに譲り、前回からはコリン・モントゴメリー(モンティ)がプレイイングキャプテンとして参加し ています。
セベは17歳で欧州ツアーデビューを果たした1974年に2勝を挙げ、2年後の1976年には19歳の若さで欧州ツアーの賞金王に輝いています。全盛期の 80年代には世界ランキング1位を通算「61週」保持していましたが、90年頃から腰痛に悩まされ、またパッテイングの不調などにより1991年に6回目 の「欧州ツアー賞金王」獲得を最後にスランプに陥りました。その後スイング改造が上手くいかず、2007年7月16日に競技ゴルフからの引退を表明してい ます。
アジアチームの初代キャプテンは倉本昌弘でした。2回大会からは尾崎直道(ジョー)がキャプテンとなり、今回まで連続でキャプテンを勤めています。ジョー は、1991年と1999年に日本ゴルフツアーの賞金王に輝いています。1993年からアメリカPGAツアーに参戦し、8年間にわたってシード権を守りま したが、2001年シーズンをもってUSPGAツアーから撤退し、2006年からは、チャンピオンズツアー(米シニアツアー)に参戦しています。国内ツ アーは通算32勝で永久シードを獲得しています。
今回のアジア代表は石川遼、池田勇太、園田峻輔の日本勢と、ノ・スンヨル、キム・キョンテの韓国勢、地元タイのトンチャイ・ジャンディと中国のリャン・ ウェンチョンの7名が決定していました。活躍中の若手の多い人選は魅力的でしたが如何せん準備不足でした。キム・キョンテは「やっぱり球もよく飛ぶし、体 が動くよ」と語っていましたが、逆に「暑さで飛距離も稼げるのはいいけど、その分、球が散らばる」と初日終了後にコメントしています。真冬の韓国では、あ まりの寒さにラウンドはおろか、ショット練習もほとんど出来なかったようで、調整不足も相まって、何より安定感が武器の選手が大事なチーム戦ではそれが生 かせず苦しむことになりました。
腰痛を抱えながらも執念のエントリーを果たしたインドのジーブ・ミルカ・シンが最後に選ばれましたが、12月に開催された「ブラックマウンテン・マスターズ」を優勝した平塚哲二のほうが適任だったのではないでしょうか。
プレーオフの末、アジアンツアー3勝目を挙げたのですが、日本人選手で年間に海外3勝した選手は初めてではないでしょうか。この試合結果を見てから最後の 選手を決めたほうがよかったかもしれません。ワールドカップにも、2年連続で日本代表として参加している経験もあり、このコースをよく知っているのが何よ りの強みです。世界ランクも65位まで上がってきて「第2回ロイヤルトロフィー」に参加経験もあり、選出に問題は無かったはずです。もし参加していれば欧 州チームのヨハン・エドフォースのような役割を果たして、アジアチームの勝利に貢献してくれたはずです。
プレイングキャプテンのモンティは、1993年から1999年まで「7年連続」欧州PGAツアーの賞金王を獲得しています。2005年に6年ぶり8度目の 欧州PGAツアー賞金王に返り咲いていますが、欧州ツアー通算31勝、他の国際試合でも9勝を挙げています。米PGAツアーでは1度も優勝がないため、世 界ランキング自己最高位は2位(1996年10月)止まりとなっています。メジャーは未勝利ですが、5度の2位があり「ライダーカップ」には、91年から 8大会連続出場を果たしヨーロッパ選抜チームには不可欠な存在ですし、今年は欧州チームのキャプテンを務め、欧州チームを勝利に導いています。
モンティ(スコットランド)に選ばれたプレーヤーは、ヘンリック・ステンソン、ピーター・ハンソン、ヨハン・エドフォース、フレデリック・アンダーソン ヘッド(スウェーデン)、マテオ・マナセロ(イタリア)パブロ・マーティン(スペイン)リス・デービース(ウェールズ)でした。
M・マナセロは16歳だった昨年の「マスターズ」で史上最年少の予選通過を果たしています。直後の5月にプロ転向し、10月に欧州ツアー「カスティーヨ・ マスターズ」で初優勝を挙げています。その時のプレー振りは常に強気で、デビュー当時のセベ・バレステロスを見るようでした。昨年も参加していたP・マー ティンは、欧州ツアー開幕戦「アルフレッドダンヒル選手権」で、2位からスタートした最終日に逆転し、2年連続開幕戦勝利を飾っての参戦でした。すでに開 幕している欧州勢は、正月気分のアジア勢とは勝つための準備が違っていたようです。
モントゴメリーは「ブラックマウンテン」をホームコースとし、シーズンオフをここで過ごしているヨハン・エドフォースを選びました。09年末の「ブラック マウンテン・マスターズ」でも優勝していますし、コースをよく知る強みをかわれての選出だったのでしょう。ホアヒンには、たくさんのスウェーデン人が移住 しています、老後をホアヒンで過ごす方や、避寒のため訪れるようです。準地元のエドフォースが他の選手にたくさんのアドバイスを与えたことは間違いありま せん。
初日2勝2敗、2日目の全敗で窮地に追い込まれた欧州チームキャプテンは、最終日の各ホールのピンポジションやカップ周辺のライン等を、エドフォースをは じめ「ブラックマウンテン」をメンテナンスしている欧州人スタッフからも入念に聞き出し、選手達に伝えたはずです。普段使わないような位置に切られたカッ プに対して、シーズンオフのアジア勢は、準備不足で対応できなかったのではないでしょうか。真冬の日本や韓国から駆けつけたアジア勢は、タイの暑さに体力 を奪われ、最終日の疲れはピークだったでしょう。
しかし大逆転の最後の決め手は、欧州キャプテン・モンティの「なんとしても勝ちたい」という強い思いだったのではないでしょうか。


