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MOBILE: 087-906-7272 (日本語)
FAX: 02-259-2662
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E-mail: sammy@sammygolf.com
Open: 12:00~20:00 (月曜定休)

Kankokutei

新しい旅立ち 1月1日2014年号

2013年度の全日程を終えた国内男子ツアーですが、

史上初の「ルーキー賞金王」に輝いた松山英樹は、全18部門のうち9部門で受賞。

特別賞を除く本賞17部門では史上最多となる9冠を達成し、

男子ゴルフ界の話題を独占した1年でした。

松山が受賞したのは、最優秀選手賞、賞金ランキング賞、Unisysポイントランキング賞、

最優秀新人賞 島田トロフィ、平均ストローク賞、パーキープ率賞、バーディ率賞、

サンドセーブ率賞、ゴルフ記者賞の9部門。

特別賞を除く本賞17部門中の9冠は、03年の伊沢利光(本賞8冠)、

09年の石川遼(本賞8冠+特別賞)をしのいで過去最多。

また、最優秀選手賞と最優秀新人賞 島田トロフィの同時受賞は「史上初」となりました。

 

受賞ラッシュとなった松山は「ここまで多く受賞できるとは思っていなかったので

素直に嬉しいです」と答え、記者から「どの賞、数字にこだわりがあるか」と問われると

「賞金ランキングです」と笑顔で答えていました。

新年に向けては「アメリカで早くシードを獲って、

シードを獲ればスケジュールも楽に考えられるようになる。

そうすれば、帰って日本で試合に出ることも考えられる」と

迎えるシーズンを語っています。

満身創痍の体のケアに努めているようですが

「左手はだいぶ腫れも引いたし、痛みも取れた。

でも、ゴルフをするには怖いので、怖いうちはやりたくない」と、

年内に出場を予定していた「Hitachi 3Tours Championship」

「ザ・ロイヤルトロフィ」の出場を見合わせました。

 

獲得賞金2億107万6781円は、加算対象の国内ツアー13試合、

海外メジャー3試合で積み上げたもので、16試合での2億円到達は史上最速となりました。

1試合あたりの今季獲得賞金1256万7298円は、

尾崎将司が1996年に記録した1233万2161円を抜いて歴代キングの中でトップと、

松山は紛れもなく「史上最強の賞金王」ということになります。

「賞金王」のタイトルに付与されるのは5年間のシード権ですが、

この権利により松山は向こう5年間、日本で一切試合に出なくとも、シード権が確保されるのです。

日本人初のメジャー制覇の可能性を石川と共に匂わせる逸材が、

その舞台で活躍する大きなチャンスを与えられたことになります。

 

松山は日本で賞金王、米国でツアーカード取得という2つの目標を達成しました。

しかし恵まれた身体が悲鳴を上げたことを考えれば、

両ツアーの掛け持ちがいかに困難なことなのかが分かります。

石川の苦闘を見ても「やはりアメリカは甘くない」と痛感させられた2013シーズンでした。

予選会システム、シーズンスケジュールの変更により、

米ツアーへの挑戦はより困難となり「PGA挑戦」を目指す選手には、

より一層の強い覚悟が必要ですが、韓国でも朴セリの活躍により

アメリカを目指すのが当たり前になったように、二人の活躍で多くの選手が

世界に旅立つ時代が来るといいですね。

 

松山の輝きだけに目を奪われて「スターを失った日本ツアーはお先真っ暗」と

結論付ける報道が目立ちますが、他の選手にも魅力的なプレーヤーはたくさんいます。

石川が登場する前に大きな期待が集まった谷原秀人は、

スイングに悩むあまり一時は「現役引退すら考えた」ということですが、

平均パット部門でツアー1位となり、3年間続いた未勝利から復活を果たし

「ワールドカップ」でも活躍をしました。コース内外で苦しんだ池田勇太は、

現役の選手会長として初めての「賞金王」を狙う1年になるでしょう。

 

松山、石川より2学年上、1989年生まれの薗田峻輔、藤本佳則、小平智も

そろって勝利を飾りましたが、新しくツアーを引っ張る存在として、

次の海外への挑戦者として大きな期待がかかります。

そして「最終兵器」とも言える宮里優作が悲願の初勝利を飾りました。

2013シーズンの最終戦「日本シリーズJTカップ」は宮里優作が

通算14アンダーの単独首位からスタートし、

アンダーパーがわずか5人という難コンディションの中を「71」でまとめ、

通算13アンダーで逃げ切り、3年間の複数年シードがかかった

「日本タイトル」で念願を達成したのです。

父・優コーチの教えを受け、沖縄で育った宮里3兄妹の中でも

アマチュア時代に突出した実績を残したのは優作でした。

日本ジュニア2勝(中学男子、15~17歳の部)、

日本アマを制覇しプロツアーでも2度2位に入る活躍を見せ、

日本学生3連覇を成し遂げた2002年末に

「鳴り物入りの大器」としてプロの世界に飛び込んだのです。

 

ところがそのルーキーイヤーとなった03年の秋。

妹の藍が「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」でアマチュア優勝を遂げ、

ブームの到来とともに、一躍時の人となったのです。

世間が認識する兄妹のポジションは「優作の妹」から、

いつしか「藍ちゃんのお兄ちゃん」に変わっていったのです。

さらに翌04年12月には長男・聖志が「アジア・ジャパン沖縄オープン」で

ツアー初勝利と先を越され「すごいショットを打つけれど、弱い」とか

「宮里兄妹の中で、勝ったことがない人」と、それが二男に浴びせられた辛辣な評価でした。

「カシオワールドオープン」で7位タイに入り、出場権を手にした最終戦でしたが、

最後の試練は東京よみうりカントリークラブの名物ホールで訪れました。

 

2位の呉阿順に3打差を付け、ダブルボギーでも逃げ切れる場面でしたが、

ティショットはアプローチが難しいグリーン左に外し、第2打のアプローチは低く飛び出し、

傾斜の強いグリーンに大きな弧を描きながら反対側のラフまで転がっていったのです。

右ラフからの第3打、ピンまでの距離は6ヤード。

「とにかく上りのラインから2パットが打ちたい」と、フワリと浮かせたボールは、

ピン上1メートルに着地し、そのまま急傾斜を下りそのままカップに吸い込まれ、

歓声と轟音が響き渡ったのです。

雄叫びを上げ、拳を振りおろし、プロ転向後11年目で初めて作った

「勝利のガッツポーズ」でしたが、すぐにその場に膝をつき

「あれが腰が抜けるという感じなんでしょう。足がもう一歩も出なかった」と、

喜びの涙は、その態勢のまま頬を伝ったのです。

日本が誇る逸材の待ちに待った初勝利の瞬間でした。

同門の後輩、池田勇太をはじめ藤本佳則、松山英樹らにどんどん先を越されたのですが、

誰もが日本有数のショトメーカーだと認めています。

最終日、最終組でプレーしたのは11年のキャリアで16度目。

いつしか、なかなかチャンスをモノにできない自分のことを

「僕は“練習場プロ”」と自虐的に言うようにさえなっていたのです。

 

優作は3年前から、妹を支えるメンタルコーチであるピア・ニールソン、

リン・マリオットに師事しています。藍は「私も結果が出るまでに3年かかった。

優作は1年かもしれないし、5年かかるかもしれない」と助言したといいます。

ラウンド中の風向きなどを「色」で捉え感情をコントロールしたり、

リーダーズボードを無視して、スコアを付けるのをキャディに任せたりと

「目の前の1打に集中する術」を身につけたといいます。

紗千恵夫人は「いろんなことに動じなくなったというか、

私は勝てなくても毎年シード選手としてプレーしてくれることだけでありがたかった。

本人は周りから何百回、何千回と『優勝』と言われているはず。

だから私は『優勝』という言葉は絶対に出さないように、

2人の間で『優勝』を話すことは無かったんです。

でも東海クラシックで『絶対優勝してくるから!』って初めて言って、

変わってきたのかなって」と、3年目の優作の変化を語っています。

 

藍は「兄妹の中で一番練習をする。10年くらい、腐らずに努力してきた。

努力は絶対に裏切らない。けれどタイミングは残念ながら自分では選べないんです。

でも、結果が出ないのに努力を積み重ねるのは本当に難しいこと。

プロとしてすごく尊敬する。自分と向き合う勇気を持っていて、

人としても、兄としても尊敬します」と,涙ながらに語っています。

優勝インタビューで優作は「いつも『藍ちゃんのお兄さん』と呼ばれていました。

でも今日は自分の名前を呼んでいただいた。それが力になりました」と、

声援を送り続けたファンに、感謝の言葉を述べました。

 

石川と松山の挑戦はすでに始まっていますが、

これまでPGAツアーに本格参戦した日本人選手たちの大半は

1年目でシード落ちして日本へ戻っています。

丸山茂樹は1年目に生き残った数少ないサバイバル組ですが

2年目に急降下することなく、3年目、4年目へ成績を積み上げました。

尾崎直道、田中秀道や、アメリカからスタートした今田竜二も1年目を乗り越えたプレーヤーです。

彼らはみな1年目を乗り越えたからこそ、PGAツアーにおける「その後」があったのです。

そして石川もその1年目を生き残りました。

 

2013年シーズンでの松山の活躍と石川の不振はとかく比較対象の的になりました。

6月の全米オープンで10位、続く全英オープンで6位に食い込んだ松山は、

そのまま米ツアー連戦に挑み、翌シーズンの出場権を猛スピードで獲得したのですが、

序盤から予選落ち続きで、ランキングでのシード落ちを喫した

石川の表情に「苦悩」が見て取れたのは紛れもない事実でした。

石川は「スポット参戦のときは、いい結果が出せたけど、

年間通してやると全然違う。慣れなんて関係ないと思っていたけど

、『何で? 何で?』って、上手くいかないことばかりで。

米ツアーの舞台や雰囲気に馴染むのに時間がかかった。

こっちで長くやることこそが大事だなと思った」と、1年目の苦闘を振り返っています。

 

フェデックスカップポイントを、いかに効率よく稼ぐか。

そのための肉体管理とスケジュール管理。試合の選定、練習時間と練習方法。

そして、厳しいサバイバル合戦を耐え抜くためのメンタル面のコントロールが

必要なことを思い知らされた石川の1年目でしたが「知らないことが多すぎた。

失敗体験、成功体験、どちらの絶対値も少なすぎた」とも語っています。

課題のパットは「前の年の暮れから完全に練習不足。

それで入らなくなったら精神的にエネルギーを使い、

悪い連鎖が起こっていった」と、腰痛の悪化で予選落ちが続く中

「休めば、抜かされると思った。試合に出ないことが怖かった」と、

肉体的にも精神的にもスケジュール的にも無理をし、

その無理が「悪い流れ」に石川を導いたのです。

 

松山は「アメリカ、絶対やりたいっすよ。でも、まず、

アメリカにちゃんと住むってことが大事っすよね」と語っていましたが、

予想を超える様々なことに遭遇した時に、一年目を経験した石川が支えになるでしょう。

米ツアーの舞台に踏みとどまることができるかどうかが試されるのが1年目です。

1年目が勝負ということは過去に挑戦した日本人プレーヤーが証明しています。

松山は強運の持ち主です。なぜならばアマチュアとして活躍していた時には

「石川の輝きの影の存在」としてマイペースを貫き、アメリカでの「勝負の1年目」は

それを乗り越えた石川と行動を共にできるのです。

3年の複数年シードを勝ち取り、輝きを取り戻した

「最終兵器」宮里優作も世界に挑戦する1年目になりそうに思います。

2014年も、よろしくお願いします。



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