海外進出
男女日本ツアー「賞金王」争いの主役が、韓国勢に傾いています。女子はアン・ソンジュ、ジョン・ミジョンを横峯・有村・馬場が追いかけていますが、秋の賞金の大きな大会でどこまで追い上げられるでしょうか。
男子も日韓対抗の最終日、最終組のエース対決でぼこぼこなされたキム・キョンテに、苦手意識を持ってしまったのか、日本オープンの最終日同組対決でもやられ、雪辱を晴らすどころか賞金ランキング一位の座を明け渡してしまいました。
世界中で活躍している韓国勢に対し、日本勢は「USPGAツアー」や下部ツアーの「ネーションワイドツアー」、「欧州ツアー」はもとより、アジアで開催されている「ワンアジアツアー」や「アジアンツアー」にすら挑戦している選手はごくわずかという現状です。
韓国系ニュージーランド人のダニー・リーは欧州ツアー史上最年少で「ジョニー・ウォーカー・クラシック」を制し話題になりましたが、2008年「全米アマチュア選手権」でもタイガーの記録を抜く、18歳1ヶ月の史上最年少で優勝していました。
ところが翌年の「2009年・全米アマチュア選手権」に優勝したのは、さらに若く、石川と生年月日が同じアン・ビョンフンで17歳11ヶ月でした。アンの 両親は、1988年ソウルオリンピックで正式競技となった「卓球」のメダリストです。父親の安宰亨は男子ダブルスの銅メダリストで、母親の焦志敏(中国) は女子シングルスで銅、ダブルスで銀メダルを獲得した、韓国では有名な卓球一家です。アン・ビョンフンは韓国で生まれ育ち、4年前に米フロリダ州にある IMGアカデミーという、完全寮制の学校に入学し腕を磨き「全米アマ」チャンピオンに輝いたのです。
さらに今年の「全英オープン」では20歳の韓国出身アマチュア、ジョン・ジンが通算4アンダーでフィニッシュし、見事に「全英オープン」のローアマを獲得 しましたし「全米アマチュアパブリックリンクス選手権」でもライオン・キム(キム・ジュンミン)が優勝しています。この勝利により3年間の全米オープンの ローカルクオリファイ免除、来年のマスターズの出場権も獲得しています。
女子だけではなく男子も韓国勢の勢いに押されて記録をすべて持っていかれています。トーナメントを見ていると、日本のコースはフェアウェーの状態も良く、 クラブメーカーの要望なのか、ランが出るように整備されすぎていて、飛距離がでるように思います。女子ツアーを見てもらえればわかりますが、ファーストバ ウンドがカート道路に跳ねたように大きく弾み、いつまでも転がっています。グリーンも良く止まるため、攻めやすい好スコアが出やすいコースセッティングに なっていますが、それも問題のようです。
アジアや欧州では、ホールによってグリーンスピードや硬さが違うということもよくあり、アンフェアなコースセッティングが当たり前です。韓国勢はそのアンフェアな条件のアジアを含む海外で、ジュニアの頃から経験を積んでいるのです。
現在「USPGA」でシードを取り、活躍している韓国系の選手はK・J・チョイ、Y・E・ヤン、アンソニー・キム、ケビン・ナ、チャーリー・ウィーと5人にもなります。それに対して日本からは今田竜二ただ一人という寂しさです。
石川と同じ歳のノ・スンヨルは昨年のQTで日本ツアーのシードも持っていますが、欧州ツアー優先に参加し、3月に行われた「メイバンク・マレーシアオープ ン」で、母国の英雄K・J・チョイに競り勝ち、欧州ツアー初勝利を挙げました。現在アジアンツアー賞金ランキングでトップに立っており、日本オープンを制 覇したキム・キョンテとともにワールドランキングが上昇しています。
日本からも明るい話題がひとつ、石川と同学年の松山英樹がアジアアマチュア選手権で優勝し、来年4月のマスターズ出場権を獲得しました。日本オープンでも アマチュアの最多アンダー記録を39年ぶりに更新する通算10アンダーで3位と奮闘し、石川と同じ杉並学院高等高校の先輩で、ツアー参戦5戦目のミズノ オープンで初優勝を果たし「全英オープン」出場まで果たした、園田俊輔と共に、将来が楽しみな選手が出てきました。
メジャーリーグで活躍した野茂英雄は「若いうちは無駄が栄養ですね。挑戦すれば、成功もあれば失敗もあります。でも挑戦せずして成功はありません。何度も言いますが挑戦しないことには始まらないのです。」との名言を残しています。
1989年のドラフトで、当時史上最多の8球団(阪神・横浜・ヤクルト・ダイエー・ロッテ・日本ハム・オリックス・近鉄)から指名され、くじを引いた近鉄 の仰木彬監督は、最後に引いた余ったくじを最後まで開かず、他球団の様子を見て、封を開けたら当選だったと俗に言う「仰木マジック」での球界入りでした。
契約金1億2000万円,年俸1200万円という破格の契約で、さらに野茂の投球フォームの改造を一切行わないという条件も、契約内容に入っていました。 型にはめるのが好きな当時の日本プロ野球界の習慣を、仰木監督は一切聞き入れず、野茂の独自のトレーニング法で調整させたのですが、野茂はそれに応え、最 多勝,最優秀防御率,最多奪三振,新人王,沢村賞などを獲得したのです。
1995年、ドジャースと契約で念願のMLB入りを果たしました。メジャー選手としてマウンドに上がったのですが、日本人選手のメジャー出場は、村上雅則(マッシー村上)選手以来30年ぶりの事でした。
1年目の6月に6勝0敗,防御率0.89という成績を残し初の月間MVPにも選ばれ、13勝6敗でナショナルリーグ新人王を獲得し、オールスターにも出場 しました。1996年には対ロッキーズ戦で自身初のノーヒットノーランを達成しています。1997年にはMLB史上最速の通算500奪三振を記録し、デ ビューから3年連続で200奪三振を記録したのですが、10月に右肘の遊離軟骨除去手術を受け、その後調子を落としレッドソックスに移籍したのです。しか し移籍後初先発の対オリオールズ戦で2度目のノーヒットノーランを達成し見事に復活を果たしました。ナショナル,アメリカン両リーグでノーヒットノーラン を達成したのはサイ・ヤング,ジム・バニング,ノーラン・ライアンというビッグネームに次いで史上四人目の快挙でした。 メジャー通算320試合、123勝、109敗、防御率4.21、1915奪三振が、海外に自分の戦場を求めた日本が誇る「野球界のパイオニア」が残した堂 々たる数字です。
野茂の後を追うようにMLB入りしたイチローは「夢をつかむことというのは、一気にはできません。小さなことをつみかさねることで、いつの日か、信じられ ないような力を出せるようになっていきます、小さなことの繰り返しが、とんでもないところに行くただひとつの道だと思う」と語っています。
ポスティング制度を利用してメジャーリーグの球団、シアトル・マリナーズに移籍後、MLBオールスターゲームでのファン投票では337万票を獲得し、両 リーグ通じて1位となると、1930年のビル・テリー以来となるシーズン242安打を放ち、メジャーリーグのルーキー最多安打記録をあっさり更新したので す。アメリカンリーグの新人王・MVP・首位打者・盗塁王も獲得。首位打者と盗塁王を同時に獲得したのは1949年のジャッキー・ロビンソン以来2人目と いう快挙を成し遂げたのです。
打率.350はアメリカンリーグ1年目選手の歴代最高打率で、新人王とMVPに同時に選出されたのはイチローの他には、1975年のフレッド・リンだけ で、新人王と打撃タイトルの同時受賞はトニー・オリバ(首位打者)、ジャッキー・ロビンソン、ビンス・コールマン(盗塁王)、ウォルト・ドロポ(打点 王)、マーク・マグワイア(本塁打王)以来6人目でした。その後の活躍はご承知の通りで、10年連続200安打を継続中の「日本球界のヒーロー」です。イ チローは「子供たちが「自分にもできるぞ」とメジャーを目指してくれると自分としてもうれしい」と語り、野茂と共に切り開いた「野球道の夢」を、継承する 若者が出てくるのを心待ちにしているようです。
韓国では、若い時から「試合に出られるのなら、どこにでも行って戦いたい」というのが当たり前に身についています。プレーが出来ない冬の間、暖かい国で、 師匠、ライバルとの共同生活で、チームとして約3ヶ月間のゴルフ合宿を行い来るべきシーズンに備えます。子供の頃から海外で生活することに慣れているプ レーヤーが多いのが強みです。
日本のプロゴルファーに必要なハングリー精神とは、野茂やイチローが「描いた夢」を実現させたのと同じに、自分で環境を変え、自力で「自分が戦うステー ジ」を少しでも高めていくということではないでしょうか。野茂やイチローのように、海外でも評価されるプレーヤーになるには、まず海外に戦場を求めるべき です。


