笑顔の戦士と谷口軍団
「日本オープン」で3勝目を挙げたベ・サンムンに、翌週の「ブリジストンオープン」で挑戦状を叩きつけたのは43歳の谷口徹でした。今季の谷口は2連覇を狙った5月の「日本プロゴルフ選手権」で、腰痛を訴え途中棄権。2週間の休養をとって復帰したのですが「勝ちたい。とにかく優勝したい。疲れはピークだけど勝ちたい」と報道陣を集めて「賞金王」に輝いた若い時のように試合前に優勝宣言をしていました。賞金王レーストップを快走する「ベ・サンムンとの優勝争いがしたい」とも語り「やりがいがある、久々に良い選手が出てきた。飛ぶし、アイアンもパットもうまい。自分より強いと思う選手」と実力を高く評価しています。
「べ・サンムンとは毎週一緒に回っても、飽きないと思う。目の前で戦いたい。彼の域まで自分を上げないと一緒に回れない。べとキム(キョンテ)と戦うときは燃えるものがある」とやる気に溢れ「僕らはプロだから。そういう選手に勝った時の喜びは、普段の何倍もある。年は関係なく、気持ちを前に出さないと勝てない」と戦う姿勢を語っています。谷口は例年5試合前後で連戦を避けるスケジュールを組んできましたが「勝つことに飢えている」と休養後14試合連続で出場して結果を残しました。クローズスタンスのアドレスから右サイドを固め、切り返しから一気に左軸足で上半身を振り抜くスイングは安定感抜群で、決勝ラウンド2日間はいずれもノーボギーと他を圧倒する内容で3日目に首位に並び、最終日の後半は独走状態になり2位に5打差をつける快勝でした。「若い選手の壁になれるよう頑張りたい。あと5試合でべ・サンムンで届かせるのは厳しいかもしれないが、彼を目標に頑張っていきたい」と語りました。
谷口本人は特に師匠と呼ぶ人は持たず、コーチもつけていませんが2度「賞金王」に輝いています。誰かと群れることを好まない“一匹狼”と言われる選手でした。しかし、谷口は40歳を境にあえて自分よりひとまわり以上の下の選手たちに、声をかけて行動を共にしています。谷口からすると40代にさしかかってなお、自分のモチベーションを上げるためなのでしょう。声をかける相手は常に、自身が持っていないもの、持ちたくても持てないものを、持っている選手達です。まず白羽の矢を立てたのは、ただ飛ばすだけではなく、抜群の正確性と安定感を兼ね備えていると評判だったプロ11年目の松村道央でした「彼が僕に勝てるのは、飛距離しかないですけれど」との谷口の憎まれ口は、いつものことですが、これは「大きな可能性を信じている」気持ちの裏返しなのでしょう。「僕が彼から盗みたいところはひとつもないですから」と得意の“毒舌”はあいかわらずですが「でも飛距離では1ヤードでも松村に追いつきたいと思う。彼から刺激を受けることで、僕の体も気持ちも若返る。そういう選手しか、僕は声をかけない」という「師弟関係」の条件を明かしています。
昨オフ、谷口との宮崎合宿に参加した松村は、飛距離では優位に立ててもアイアンの精度や小技のバリエーションに歯が立たず、さらに本番さながらの練習ラウンドでの驚異の集中力に驚いたといいます。この経験が何よりの薬となり、松村は昨シーズン10月の「コカ・コーラ東海クラシック」で念願のツアー初優勝を挙げたばかりか、翌11月の「カシオワールドオープン」で早速2勝目を達成し、賞金ランキングでも接戦の末に5位となり、なんと6位の師匠を競り負かしてしまったのです。そしてそのことが、今度は谷口の心に火をつけたようで、今年は「賞金王を狙う」と公言していました。しかし子煩悩で育児が趣味という谷口に、昨年秋に第二子が誕生したことで「ゴルフに対する情熱が薄れていた」と、前半は優勝争いに顔を出すことが少なかったのです。
弟子の松村は「師匠を見習いたい、谷口さんの100ヤード位内のアプローチと精神力、集中力は世界NO.1」と師匠の力を認めていますが、谷口のほうは「別にあいつを弟子とは思ってない、弟子というより扶養家族。だって彼は僕より稼いでいるはずなのに、ちっとも僕にご馳走してくれないんです。むしろ“生涯獲得では谷口さんのほうが上”とか言って、僕に奢らせてばかり」と冗談交じり語りましたが、今年の宮崎合宿期間中の食事代はすべて、師匠谷口持ちだったようです。「やる気、可能性を感じるか。ゴルフに対しての気持ちがあるかないか」という“入門条件”を満たし弟子入りした諸藤は、9月の「フジサンケイクラシック」で涙の初勝利を飾りましたが、「あれは2日間だろう(荒天による36ホールの短縮競技)。優勝じゃない。このまま喜んでたら、すぐ消えるぞ」と戒め、16歳のトップアマ伊藤誠道には「彼には人間的なことをね。ピノキオみたいに鼻が伸びないように、ジュニアの大会でたくさん優勝して、勝つことをちゃんと覚えてこい」と、厳しく課題を与えています。切磋琢磨で互いを高め合い、人間味溢れるまさに理想的な師弟関係が、谷口を中心に築かれつつあるようです。
優勝した「ブリジストンオープン」でもラウンド中リーダーズボードに目をやり、気になったのは“弟子”たちのスコアだったようです。松村と諸藤は、師匠を2打差で追ってのスタートでしたが、松村は通算10アンダー2位、諸藤は73と崩れて通算5アンダー17位。「師匠と弟子はこれくらい差が無いと。今日で分かったでしょ、でもやっと見せられた」とホッとした表情も見せていました。
弟子たちはホールアウト後、18番グリーンの裏で完敗を認めてから「ウォーターシャワー」で師匠を出迎えたのですが「待ってなかったら、シバいたろうかと思ってた。でも今まではこういうの、無かったな。水かけられたから優勝の余韻が覚めたわ」と17度目の優勝で初めて弟子からの「ウォーターシャワー」を浴びましたが、その目には光るものがありました。完全復活を果たして、日本の若手を引っ張ってくれそうです。
しかし谷口が掲げた「打倒ベ・サンムン」を果たしたのは「谷口軍団」ではなく河野晃一郎でした。「マイナビABCチャンピオンシップ」の最終日は13位からスタートしたベ・サンムンが10バーディ・2ボギーで15アンダーとし、13位から一気にトップを奪いホールアウト。2打差で追う藤田寛之、小田が孔明が18番でイーグルを奪えずに、またしてもベ・サンムンにやられたかという展開で、挑戦権を持つ最後の選手は10アンダーの2位タイからスタートした河野だけでした。13アンダーで迎えた最終18番パー5で、完璧なセカンドショットから笑顔でイーグルを奪い、ベ・サンムンに土壇場で追いつきプレーオフに突入。18番ホールの繰り返しで行われたプレーオフでは6ホール目で2.5メートルのバーディパットを決めて、べ・サンムンを退けたのです。
「長かったですよね、でも最後まで応援してくれたギャラリーの方々に、つまらない顔はお見せできない。せめて自分のトレードマークでもある笑顔で声援に応えたかった」と語りましたが、バーディパットを決めれば笑顔、ミスショットをしても笑顔、真剣モードで表情を変えることなく戦うベ・サンムンとは対照的に、笑顔を絶やしませんでした。そんな河野が外国人選手には負けたくないという強い気持ちを語っています「今、韓国の選手たちが凄く強いですよね。彼らは凄くハングリーだし、練習も熱心。今、ベが賞金ランキングで首位を突っ走っていますが、やっぱり日本ツアーは日本人が賞金王にならないと。彼に挑戦権があるのは遼くんだけだと思うんですよね。そしたら、なんとか日本人選手として少しでも後押しができればというか、ベの独走を止めたいと思って」と「石川賞金王」のアシストも考えてプレーオフに挑んだようです。「ベの方が実力も上だし、飛距離も出るし、あの18番でやるのは絶対に不利ですよね。でも、僕は最終組でその流れで入れますけど、ベは時間が空いてしまったので、戦うモードになっていない分、少しチャンスはあるかなって思いました」と振り返っています。
「6ホールは初めてですね」という河野のプレーオフの実績は5戦3勝ということでした。東洋大卒業後力不足を感じ、厳しい環境に身を置くためサンディエゴを拠点に4年間米国でミニツアーに参戦しています。現在の所属先のエコー電子の社長でもある父親からの20万円の仕送りを元手に、節約するためにホームステイ先から中古車で試合会場を飛び回る毎日で学んだのは「英語をしゃべれない分、周りの人に受け入れてもらうには笑顔が一番」と、今回とても印象的だった「笑顔の力」のルーツを語っています。
アメリカではPGAツアーを目指すプレーヤーのために、いくつかのミニツアーが開催されています。河野はミニツアーのプレーオフで3勝しています。ミニツアーは参加選手が支払ったエントリーフィから成績によって賞金が支払われます。エントリーフィはワンデイトーナメントだと100$前後、2日間トーナメントで250〜300$。4日間トーナメントだと1,000$と高くなります。当然賞金も上がりますが、予選落ちでは賞金は無く、自分が出したお金をいかに多く取り戻せるかは、自分の力次第ということになります。「アメリカ人にもハングリーで負けたくないという気持ちで戦っていました。あ、そういえば外国人にプレーオフで負けたことないや」と、またしても笑顔で答えていました。過去の2敗はいずれも国内での競技。「外国人選手と戦うのは相性が良いんですかね。でも、今回の優勝は本当に自信になると思います。あのベに勝ったんですから。自分ではまだ優勝は早いと思っていましたが本当に嬉しいです」と語りましたが、海外での経験が土壇場で大きな力になったのは間違いありません。「笑顔の戦士」と「谷口軍団」そしてスイングが安定してきた石川の「逆転賞金王」にも期待しましょう。


