育成に劣る日本のゴルフ界
「ロイヤル・セントジョージズGC」で開催された「第140回・全英オープン」はダレン・クラーク(英国・北アイルランド)が挑戦すること20回で悲願のメジャー初制覇を果たしました。一日の中で四季があるのが「リンクスコース」の特徴ですが、最終日も晴れたと思えば強い雨が降りだし、降り止んだと思えば突然の強風と、選手たちはリンクス特有の気まぐれな天気との闘いを強いられました。
「ロイヤル・セントジョージズGC」は、「スコットランドのセント・アンドリュースに匹敵するゴルフコースをイングランドにも創ろう」と造成されたコースで、年ごとにローテーションされる全英、全英女子の会場の中でも“リンクスの傑作”と言われる難コースです。海に面しているため風向きは刻一刻と変わり、フェアウェイの起伏は見た目より大きく、グリーンにも大きなアンジュレーションがあり、弾道や落ち所のわずかな違いで大きく左右にキックしたり、転がり過ぎると決まって「ポットバンカー」に転がり落ちることになります。ナイスアプローチに見えても、ピンを通り過ぎるとスロープを下り落ちてしまうこともあり、ラッキー・アンラッキーが背中合わせの難易度の高いコースでした。
優勝したD・クラークは、母国の北アイルランドでジュニア育成のため基金を設立し、ジュニアゴルファーを指導しています。今年の「全米オープン」を制した、若き王者ロリー・マキロイの“生みの親”ということになります。10歳のR・マキロイ少年と出会い、12歳から本格的な指導を始めて以来、今でも師弟関係にあります。その師匠に弟子のR・マキロイから送られたメールの内容はというと「彼の全米最終日前に俺から送った内容とほとんど同じことを書いてきてくれて、リマインドしてくれた」と笑いながら答えていました。「タイガーからも何回かメールがあった。いくつかアドバイスをもらって、その内容も素晴らしいものだった。それをもらったおかげで、今日のラウンドが少し楽になったよ」と、タイガーからの応援メールもインタビューで明かしています。メールの内容は?との質問には「それは答えられない。俺と彼との間の話。プライベートだ」と明確には答えませんでしたが、何時の日かタイガーが答えることでしょう。また追い上げながら、負けてしまったP・ミケルソンも「大勢の選手が祝福しているはずだ。彼ほどのナイスガイは他にいないから」と、この勝利を讃えていることからもD・クラークの人望の厚さを感じます。
「93・全英オープン」で、史上最少スコア267で優勝したグレッグ・ノーマンが使用した「優勝ロッカー」がD・クラークに与えられた時から、ウイニングストーリーが始まっていたのかもしれません。トム・ワトソンから「幸運のロッカーだよ」と声をかけられたのも「ナイスガイ」のおかげなのではないでしょうか。そういえば「全英オープン」2連覇を果たしたP・ハリントンが、勝因を聞かれ「ナイスガイだから」と答えていたのを思い出します。「全米オープン」2年連続優勝の北アイルランド勢の活躍もあり、何かを感じて「全英」に挑んだようです。
06年にはヘザー夫人を乳がんのために、D・クラーク自身の誕生日の一日前に亡くすという本当に辛い時にも、直後に開催された「ライダーカップ」に参加し3戦全勝と、欧州チームを優勝に導くチームの柱として活躍しました。「いつも見守ってくれていた。彼女も誇りに思ってくれていることだろう、それ以上に息子2人をちゃんと育てていることを、誇りに思ってくれるかな。最初で最後のメジャーになるかもしれないけど、そのプロセスを大事にしたい。「俺は全力を尽くすだけだ」と昨日も言ったけど、その通りにできたし、それが優勝する力になっただけ。俺は同じことを子供達にも言っている。そして彼らもいつも全力投球で頑張っているよ」と激闘を戦い抜いたベテランが、大好きな「ギネス」を飲みながらのインタビューでした。
D・クラークは90年にプロ転向し「ダンヒルオープン」で欧州ツアー初優勝を挙げ、今大会で通算14勝目になります。日本が大好きな選手としてもよく知られており97年から日本ツアーにも参戦しています。01年「中日クラウンズ」04、05年と「三井住友VISA太平洋マスターズ」で2年連続優勝も果たしています。世界ランクは8位が最高ですが大会前は111位までランクダウンしていました。今回の優勝で30位までランクアップし、今年の更なる活躍が期待できます。188㎝、90キロの体格で、異名は気持ちが入ると顔が赤み帯びるため「赤鬼」といわれています。
序盤でのP・ミケルソンの追い上げは、自分で流れを作り、自分で壊しているかの様に「リンクス」に飲み込まれて、つぶされました。後半、同じ組のD・ジョンソンの猛追にも、冷静に自分のゴルフができたのは、D・クラークが風の中でどんなゴルフをすれば、スコアを崩さないかが判っているからこそでしょう。「リンクス」を知り尽くしたゴルファーの勝利でしたが、突然変わる天候、激しい雨風という「リンクス」に対峙する戦いぶりは、強く美しいものでした。辛い時期を乗り越えて、母国の後輩をメジャーチャンピオンに育て上げた北アイルランドのエース「赤鬼」の見事な復活劇でした。
なでしこジャパンが世界の頂点に立ちました。この道のりで欠かさなかったのが育成世代からの、個々の「欧米化」でした。沢が99年米国に移籍して海外の道を切り開き、現在のなでしこジャパンには経験者も含め8人のメンバーがおり、現在も米国、フランス、ドイツと計5人が海外でプレー中です。日本サッカー協会は「海外強化指定選手制度」を導入し、海外移籍選手に一日1万円の日当を支給しています。
男子のような華やかな移籍とはまるで違い、女子サッカーの実情は厳しく、ドイツ・デュイスブルグに所属する安藤は支給がなければ生活すらままならない状況のようです。それでも海外経験は不可欠なことです。国内リーグの空洞化を懸念する声より、代表チームが世界で活躍することを優先させて取り組んできた「育成制度」が大輪の花を咲かせたことになります。
女子サッカーの底辺を拡大することにつなげる「なでしこチャレンジプロジェクト」では、U-15世代から人材を発掘し、海外経験をつませることで、代表チームの底上げを図るプランが動き出しています。「サッカー協会」はこれからもさらに「海外強化指定選手制度」拡大してく方針のようですが、石川一人を頼りに、石川が海外に行くのもままならない「プロゴルフ協会」とは大きな開きを感じます。「小さな娘たちが粘り強くやってくれた」と佐々木監督は語っています。日本の女子ゴルファーにも同じことが言えますが、欧米人との体格の差はいたしかたないことで、それでも海外で結果を残すには、信念を強く持ち「戦う姿勢」を貫き通すしかありません。宮里藍も海外でのゴルフに専念し、何年もかかって今のポジションを手に入れたのです。
男子には今田竜二という先駆者が頑張っていますが、後に続く若手プレーヤーが現れません。スポンサーが少なかった「日本サッカー協会」は「Jリーグ」を立ち上げ、「プロ野球」に負けぬファンを獲得するために、チームと選手の強化を続け、男子は世界で通用する選手が続々と登場してきています。スポンサーのご機嫌を窺い、人気選手を海外に出したがらない「プロゴルフ協会」との取り組みの差が、鮮明に現れてきています。一体誰のための、何のための「協会」なのでしょうか。ファンを魅了するプレーができる選手を育て、世界への道筋を示すのも「協会」の重要な役割のはずです。ゴルフ人口を増やし、可能性のあるジュニアを育成し、将来のために海外留学や海外参戦をサポートする取り組みも必要です。スポンサーがつかず、選手たちも「協会」も金銭的にも苦しかった「女子サッカー」を「世界一」に導いた「協会」の取り組みを「日本ゴルフ協会」・「日本プロゴルフ協会」は、重く受け止めなくてはいけない時期を逸し、すでに手遅れのように思います。
英国のプロゴルファーは、回転楕円体のボールを使うラグビーや、地面にボールをバウンドさせるところから始めるクリケットといった「英国発祥」スポーツの、不規則なボールの動きに慣れているのか「イレギュラー」は当たり前と思っているのかもしれません。英国ではラグビーとクリケットは共に上流階級のスポーツとされており、名門校の体育の授業ではクリケットは必修種目とされています。
子供のころから「イレギュラーバウンド」に慣れ親しんでいるためか、ラッキーを味方にすることも勝者の条件で「強いものが勝つ」というよりも「勝ったものが強い」という教えが根本にあるように思います。「環境とコースがプレーヤーを育てる」というのはまさにこのことで、日本で開催されるトーナメントのコースセッティングは甘すぎます。そのため海外からのスポット参戦で、時差ボケがあってもあっさり勝たれてしまうのでしょう。逆にイレギュラーを「アンフェア」ととらえ、スコアを落とすような選手は、「全英オープン」に参加する資格はありません。日本から参加した6名のうち予選を通過したのは池田だけ、韓国からはキム・キョンテ以外の5名中4名が予選を通過しましたが、これが現実です。来年からの日本選手の出場枠減が心配ですが、参戦するのなら「環境とコースに慣れる」準備をしなくては英国紳士にも、日本で応援しているファンにも失礼な話です。


