能力を発揮する能力
日本は「国歌や国旗」に興味がなく、敬意を払わない人が多い国の1つになったのではないでしょうか。韓国や中国で日の丸が燃やされても感情的になる国民は少ないはずです。
タイでは毎日、国歌が同じ時間にテレビ・ラジオの放送で流れます。韓国も同じで映画が始まる前は国歌を起立して聞いていたのを思い出します。
タイではいつでも街中に国旗がはためいています。北朝鮮の宣伝村にある国旗掲揚台の北朝鮮国旗と、軍事境界線をはさんだ韓国側にある同じような掲揚台の韓国国旗は、互いに大きさで負けまいと徐々に旗が大きくなっていったことで有名です。
日本でも「祝日」は「旗日」と呼び、各家庭で「日の丸」を掲げたはずです。私の家の玄関にも国旗掲揚のための金具がついていました。
一軒家からマンションに時代が変わり、60年代から70年代にかけての新左翼運動からの流れもあり、家庭から「日の丸」が消えていったのです。
オリンピックは、国家を前面に押し出し、強烈に意識させるイベントです。北京オリンピック競泳で金メダルを取った北島康介は「センターポールに日の丸を揚げます」と開会前に宣言していました。
若い世代が自らの目標達成の象徴として「日の丸」にこだわりを見せたのです。自国の国旗や国歌に敬意を払うのは当然です、国歌を歌わないことに自身のアイデンティティーを主張するのは、中国に国を奪われた状態のチベットの人々のような限られた人たちでしょう。
「君が代・日の丸」に反対する一部の人は「戦前の日本を表しているから反対だ」とか「侵略戦争に加担していたシンボルだ」という意見のようです。
日本の戦争が悪かったとしても、あるいは侵略だったとしても、「日の丸・君が代」は当時も今も「日本国家」のシンボルです。「君が代・日の丸」に反対する人たちの言う「国策を誤った」のは日本国民ではありません。当時の日本政府だった軍部であることは間違いありません。
戦中、戦後は日本人もアジアの人々と同じように苦しみ、悲しんだはずです。そのことを、これから日本とアジアを支える若者達に教えることが、戦争の過ちを伝えることなのではないでしょうか。
100M平泳ぎで勝った後、北島は「すみません。何も言えない…」と言ったきり話せませんでした。彼にしか分からない「4年でたった一個」の金メダルの重 さをひしひしと感じていたのでしょう。モチベーションの低下に悩み、ひじやひざの痛みでどん底の状態を味わった北島は05、06年には他の日本選手にも負 けていました。
国際大会ではライバルのハンセンに1度も勝てず「何もかも投げ出して楽になりたい」と思いつめていた時期もあったようです。
4年に一度のオリンピックに照準を合わせて結果を出すことの難しさは、ライバルのハンセンが6月の米国五輪代表選考会からの不調を引きずり、メダルどころか決勝にすら残れなかったことでも明らかです。
「僕は夢をもう一度叶える事ができました、コーチがいてくれたから、家族がいてくれたから、仲間がいてくれたから。いろんな人に支えてもらったから、成し得ることができたんだと思う」と「感謝の気持ち」が勝因だと語っているかのようでした。
中2から13年間指導してきた平井コーチとも様々な葛藤があったはずです。「平井コーチは何かあるとすぐ勉強して、自分で考えて答えを出さないとすまない タイプなのですが、押し付けたりしないんです。「こうしたらどうか?」と自分で考えさせる。本当にいいコーチで、すごく尊敬しています」と北島は語ってい ます。
北島にとっての「日の丸」はいままで世話になった、すべての人たちの象徴だったのではないでしょうか。
選手の変身のプロセスを一緒に楽しめるコーチが「人を育てる」能力のあるコーチではないでしょうか。高橋尚子(シドニー・女子マラソンのゴールド・メダリ スト)を小出義雄監督は「ほめる」ことで育てたといわれていますが、高橋は「ほめたから育った」わけではありません。日々の高い目標に設定された練習をこ なした「アスリート」には「ほめる」が通用するものです。
普通の人は「OK」と言われれば、その状態を維持しようと思ってしまいます。人間「守り」に入ったら上のレベルには行けません。コーチは常に上を目指して「もっともっと」と叱咤激励を続けることになります。
選手を叱って育てるという指導法は目標を持って着実にステップアップさせるには不可欠な指導法です。叱るべきときに叱ってやらないと、ただの競技バカになってしまいます。
世界一になるためには、どの競技も毎日は単調で地味な練習の繰り返しのはずです。毎日を新鮮に感じて意欲的に取り組むには、単調なことを楽しめるような習慣を、身につけさせる必要があります。
プレーヤーの時も、引退後でも、どんな世界でも輝ける人は「もっともっと」を繰り返すことで「自分の見つめ方」がしっかりとできています。
高い技術力を持っているのに、あと少しの山をなかなか越えられないプレーヤーは、環境や人にふりまわされ、自分を見失いつぶれてしまうことが多いものです。
いくらすばらしい力があっても、人間としての土台がしっかりできていなければ「ここ一番」での真剣勝負に際して、真剣になる強さと集中する強さ、つまり「能力を発揮する能力」は備わってきません。
「ここ一番」で強かったのは「星野ジャパン」に打ち勝った韓国野球チームでした。ひと振りで「星野ジャパン」の夢を打ち砕いた韓国の「英雄」李スンヨプは巨人では今季開幕から2軍が続き、7月時点で代表を辞退する決意を1度は固めていたようです。
しかし韓国の精神的な支柱として、韓国野球委員会関係者が来日し、口説き落としたのです。
試合後、李は「日本チーム、日本のファンには申し訳ない気持ちがある。でもこれが野球。われわれには軍隊の問題があったから」と20歳以上の成人男子に課される韓国の兵役義務の話をしました。
メダル確定で、通常の2年間が4週間に短縮されるという軍隊生活。過去にも国際大会で多くの後輩に免除の恵みをもたらし「兵役免除ブローカー」の異名を持 つ李スンヨプはこの日朝、兵役を待つ14人の選手に「オレを信じろ!」とだけ言ったそうです「我々のチームには軍隊に行かなくてはならない選手が14人も いた、だがこれ(メダル確定)で、後輩は兵役が免除され、野球に集中できるはず。それが一番、うれしいよ。決勝は金メダルに向けてベストを尽くす」と語り ました。
しかし一番の差は取り組む姿勢にあったのではないでしょうか。韓国プロ野球は公式戦のすべてのゲームを7月31日からオリンピックが終るまで一旦中断して います。公式戦でオリンピック使用球を使用しています。韓国野球界が最後のオリンピックのために一致団結していたことがうかがえます。
金卿文(キム・ギョンムン)監督は2004年から斗山ベアーズを率いている現役監督です。
テレビ解説者の立場で野球を見る目と、現役監督としてベンチで野球を見る目には大きな違いがあると思います。
星野監督は2003年に勇退後、阪神のオーナー付シニアディレクターに就任し、オリンピック予選まで指揮を執っていません。
世界一になったWBCでは現役の王貞治監督が采配をふるいました。残念ですが、長く現場から離れた「闘将・星野仙一」の勝負勘に狂いがあったことは間違いないと思います。


