PS生みの親
先日アイアンセットを作られたお客様が「アメリカの駐在が長く今まで買ったセットには無かったクラブ、PSはどんな時に使 うのですか」と質問されました、「PWとSWの中間のクラブです」と答えると「必要なのかな?」そこで「ロフト角度の間隔を埋めて距離の穴を作らないため に必要です、以前のPWが47度で新しいPWは45度です、以前のSWが55度で新しいSWは56度、以前のロフトピッチは8度で新しいセットは11度に 開くためロフト50度のPSを入れる必要があります、お客様のヘッドスピードではフルスイングでちょうど100ヤードのクラブになると思いますよ」と答え ました。
そういえば以前はウェッジ2本でした、PSを考え命名したのは何をかくそうジャンボ尾崎プロです、今は当たり前になっている3本ウェッジセットは1984 年、当時ブリジストン社と契約していたジャンボ尾崎プロが監修した「MTNⅢリミテッドエディション」からでした、90年前後には「ウェッジ3本システ ム」が常識となりほとんどのメーカーから発売されました、しかしその中間のウェッジの呼び名はメーカーにより異なり、ミズノのFW(フェアウェーウェッ ジ)PRGRのAW(アプローチウェッジ)など様々な名称が生まれました。名付け親のジャンボが長年親しんだブリジストンのPSから、PRGRとの契約で AWを使うことになり、キャディーに今までの習慣で「PSくれ」と手渡されたクラブのソールにはAWの刻印「馴染めんなー」と独り言なんてこともあったと 思います。1920年代の終盤「飛行機の翼」をヒントにヘッドが潜り込まないサンドウェッジを考案したのは、親日家で日本でも人気のあったジーンサラゼン 翁、以来アイアンのセッティングはほぼ固定されていました、そこに登場したのがPSでありサラゼン翁のSW以来3本目のウェッジの普及でジャンボの残した 功績は偉大なのです。
サラゼン翁の時代、5番アイアンのロフトは31度、6番35度と4度ピッチでPWは51度、SWは56度がスタンダードロフトでした、80年代前半もうひ とつのジャンボのアイデアがストロングロフトでした、5番で30度だったロフトは今では27度になりスタンダードロフトの4番と同じになっています、その 背景には、低重心化、深重心化というアイアンそのもの進化が影響しています、ソールが薄く鉄板のような難しかったアイアンが打ちやすくなる、打ちやすくな ると飛距離を求める、飛ばし屋のジャンボも同じです。
技で賞金が稼げた時代、ボールを止めたい時にはフェースを開きボールをカットし体中の関節を駆使してスピンをかけようとしていました、日本の野芝のティ アップしたようなフェアウェーだからできたことなのですが「飛ばし屋」で100ヤード以内のウェッジの使用頻度が高いジャンボは「技ではなくもっと柔らか く止まるクラブ」が欲しいと思い58度、60度、62度のロフトを試していました、さらに技術的にも「オープンに構えてカット」から「スクェアに構えてス トレート」とスクェアインパクトへの変化も当然ジャンボが作り上げた打法です、よく「右手で押し込むんだ」と弟子たちに教えていましたが、スクェアなセッ トアップとジャンボ仕様のクラブがあったからこそ完成したのです。
しかしSWのロフトが開くほど、ストロングロフトになったPWとのロフト差は開くばかり、PSはジャンボにとっては絶対必要なクラブだったのです。もとも とSWはバンスがありしかもロフトが多くアップライトで、僅かなズレが大きなミスを引き起こす可能性がありフルスイングに向いていませんでした。PSのコ ンセプトは「柔らかな弾道で均一なスピン」そのためPSのデザインはアイアンのシャープなシルエットではなく、SWと同じ丸みを帯びたシルエットになった のです。
1987年に発売されたMTNⅢプロモデルのPSのロフトは53度、SWは60度のロフトセッティングでした、現在は当たり前になっているロブウェッジの ロフト(60度)をSWとしてセッティングした最初のモデルです。ジャンボ尾崎プロの様々なアイデアが100ヤード以内をやさしくし、ウェッジの常識を変 えたことは間違いありません、しかしそのアイデアはクラブメーカーから生まれたものではなく、真摯にゴルフに取り組む日本を代表するプロゴルファーの必然 性から生まれたことを、ゴルフ史に残してほしいものです。


