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SAMMY'S GOLF CO.,LTD.
Bangkok Studio
3FL, 593/13-14 Soi Sukhumvit 33/1, Sukhumvit Road., Klongtan-Nua, Wattana Bangkok 10110
MOBILE: 087-906-7272 (日本語)
FAX: 02-259-2662
URL: www.sammygolf.com
E-mail: sammy@sammygolf.com
Open: 12:00~20:00 (月曜定休)

打ちっぱなし(内輪話)

財界とゴルフ界

日本のトーナメント振興に一役買った代表的な財界人は、本田宗一郎氏(ホンダ)と佐治敬三氏(サントリー)ではないでしょ うか。本田宗一郎氏が、本田技研最高顧問だった頃、ハワイのパールカントリークラブを渋々引き受けることになったのですが、他社がハワイでゴルフ場開発し ていたメンバー制の事業が、第一次オイルショックで難航し、その引き取り手として本田開発興業に救済を要請したのです。本田開発興業は、本田宗一郎氏が 『文化・教育・スポーツを通じ、世の中に貢献すること』を目的に創立した会社でした。「ホンダ(本田技研工業)がやらないこと、できないことで、世の中の 役に立つことをやろう。儲けなくていい。儲けは少しでいいから」との信念で創立した会社でした。

藤原弘達氏との対談で本田宗一郎氏は「日本のゴルフ場が経営面で効率が悪いのはメンバー制が強いというところにもあると思うんだな。メンバー制だと儲かっ ても儲からなくてもいいなんていうことになる。儲けに対して考慮しないんだ。金がたりなくなりゃ、メンバーが出しあうとか、という調子だから、経営に対し て真剣になれないんだ、経営者は。本当の経営者なら自分の責任において従業員を食わせようとする。いまのゴルフ場の経営者はそうじゃない」と語っていま す。

パールカントリークラブの経営について、本田宗一郎氏は条件を出しました。「条件は、3つ。その①が、地元密着の方針を堅持すること。メンバーではなく、 誰でもプレーできるパブリックコースにすること。そして②つめは、ローカルのプロとアマチュアのためにトーナメントの機会を設けること。さらに③つめとし て、ハワイのプロを日本のトーナメントに参加させるチャンスをつくり、育てること」でした。

パールカントリークラブ出身で、日本のトーナメントで活躍したのは、1987年に日本ゴルフツアーで賞金王となった日系3世のデビット・イシイです。日本 ゴルフツアーで通算14勝(歴代13位)を挙げたトッププロです。1990年にはPGAツアーのハワイアンオープンで1966年のテッド・マカレナ以来と なる地元選手としての優勝を果たしました。

本田氏は「科学的に経営する人より、うちのパールカントリーをやってるやつみたいにまるっきりのシロウトが経営すべきだ。シロウトはなにごとにつけ疑問を 感じる。長くゴルフ場の経営をやってるとつい疑問を感じなくなる。それに他から忠告を受けても「オレは長年やってるんだ、オレのほうがエキスパートだ」と つっぱって改革しようとしない。保守反動になっちゃう」と対談で語っています。約5年間をかけコース改善に着手し、クラブハウスも建てかえ、コンピュータ 制御の散水システム設置など、パールカントリークラブは、年々グレードアップしていったのです。

「パールオープン」の開催も、本田氏の条件のひとつでした。トーナメントと言っても、テレビ中継されて、高額賞金で、トッププロを集めてという一般的な発 想での開催ではありませんでした。バブルの時期には「スポンサーになりますから、もっと大きなトーナメントに」というような要請も多かったようですが、そ れらはすべて断わったそうです。運営はボランティアに任せ、ホンダ以外は70数社の地元スポンサーの協力で開催しています。

第1回ハワイ・パールオープンは1979年で優勝したのは、鷹巣南雄プロでした。
第2回優勝が地元のデビッド・イシイで、2001年大会の優勝者・田中秀道はその後米ツアーに挑戦したのです。「賞金を高くすることよりも、こういう大会 が長く続くことが必要だと思っています。是非、長く続けてください」と田中はメッセージを残しています。2003年にはハワイ在住の13歳の女子アマチュ アゴルファー、ミシェル・ウィーが出場、2008年には石川遼がパールオープンに出場して話題になりました。

本田宗一郎氏が発案したハワイ・パールオープンも、ひとつのトーナメントのあり方です。年々積み重ねていく地域密着型トーナメントと、地元選手を育てるという理念と信念は、本田氏亡き今も変わらずに継承されています。

デビッド・イシイは「Mr.本田と出会うことがなかったら、今の自分はなかった。感謝しても感謝しきれないほどの恩を受けました。いつも大きな声で語り、 笑顔を絶やさない。そんなMr.本田の笑顔は今でも思い出します。」と感謝の言葉を語り、現在はパールカントリークラブのディレクターになっています。

企業の社会的役割とはなんでしょうか?「企業経営とは雇用を創出し、働き手を守り、社会に貢献することだ」と、本田宗一郎氏の「天の声」が聞こえてきそうです。

ゴルフの祭典といえば「マスターズ」ですが、毎年ジョージア州オーガスタで開かれる地元密着型だから「マスターズ」なのでしょう。「マスターズ」がニュー ヨークやロサンゼルス開催なら、きっと雰囲気が変わったはずです。米ツアーはでスポンサー名は変わっても、サンディエゴ、グリーンズボロ、フェニックス、 ハワイ、ケンパー、ツーソン、ミルウォーキー……と地名がついている大会がかなりありました。それは、地元密着型で、いわば「我らが町の恒例行事」的な育 ち方をしていたのです。それが年月を経て大会の雰囲気を醸し出しているから、根付く訳で、こういうスタイルのゴルフ・トーナメントが多く開催されるべきだ と思います。

もう一人はサントリーの2代目社長、佐治敬三氏です。もともとサントリーは、社会との結びつきを非常に強く意識している会社です。創業社長の鳥井信治郎氏 の経営哲学を語るうえで欠かせない言葉に「利益三分主義」というのがあります。「企業は社会の一員であり、社会とともにある。だから事業で得た利益は会社 や株主、社員のために使うだけでなく、3分の1は社会にお返ししよう」という考えです。実際に、鳥井氏は老人ホームや保育園などを設立し、様々な社会貢献 活動に取り組まれました。

続いて2代目社長となった佐治敬三氏は「文化で社会にお返ししよう」と、サントリー美術館、サントリーミュージアム、サントリー音楽財団、そしてサントリーホールなどを次々と設立したカリスマ的な名物経営者でした。

スポーツ、文化事業にも力を注ぎ、大相撲の若乃花、貴乃花の後援会長を務め、若乃花の結婚では媒酌人を務めました。73年にバレーボール部、80年にラグ ビー部を創設し話題を集めました。「プロ野球球団を持ちたい」という夢を持ち、米国のマイナーリーグを所有し、89年(平成元年)には阪神、92年にはオ リックス、大洋(現横浜)の買収に関心を寄せ、97年には大リーグ、ドジャース買収にも身を乗り出していたとされています。1978年にロンドン郊外のウ エントワース・クラブで開催され、青木功プロが海外初優勝を果たした「世界マッチプレー選手権」のスポンサーを1979年から12年間引き受けていまし た。

「サントリーオープン」は1973年からの開催で、最も多く開催されたコースは習志野CCでした。ホームコースの尾崎3兄弟の活躍もあり、5万人近いギャ ラリーが詰め掛ける大人気のトーナメントでした。帝王・ジャック・ニクラウスを筆頭に、グレッグ・ノーマンやニック・プライス、最近ではフィル・ミケルソ ン、ビジェイ・シン、レティーフ・グーセンといったトップクラスの招待選手も話題になりました。

しかし「サントリーオープン」の一番の功績はゴルフに関心のない主婦層までをも、トーナメント会場に呼び寄せてしまった「プロアマトーナメント」開催では ないでしょうか。人気歌手や人気俳優が多数参加するプロアマには、夢中になってタレントを追っ掛けるオバサマ達が大挙押し寄せ、プロアマ一日のギャラリー 数が1万5千人に達したほどでした。

天才的な腕前を持ちながら、どんな試合のどんな場面でも絶対に安全な道を選ばず、一か八かの勝負に出てしまうプロゴルファーを主役にした映画「TIN CUP」のプロモーションのため、急きょ来日した人気俳優ケビン・コスナーがプロアマに特別出場したこともありました。スポーツショーとしても注目され、 毎年別枠でテレビ放映されていました。サントリーオープンの凄さはこれだけではありません。トーナメントの一週間、ギャラリーに飲食をサービスする巨大な テントを設営し、品揃えからスタッフの接客態度まで、質の高いサービスを提供しました。これだけのギャラリーサービスを準備し、ファンを満足させたトーナ メントがツアーから姿を消してしまったのは大変残念なことです。

トーナメントを盛り上げるのはスポンサー企業の総合力。いくら素晴らしいサポートがあっても試合の中身が進歩していかなくては盛り上がりません。賞金を入場収入で賄えない、興業主としての日本ツアーの能力不足が解消されない限り、スポンサー離れは続くでしょう。

ゴルフ界の経済危機

ボルボ社(スウェーデン)がスポンサーから撤退したことで、長年タイCCで行われてきたアジアンツアー最終戦「ボルボマスターズ」が中止となりました。
ボルボ社はアジアンツアー・ウェブサイト上の声明で「現在の経済環境、現在アジアゴルフを取り囲む不安定な環境、そして現在のタイに於ける社会的不安、そ の全てが要因だ」と話しています。世界的経済不況は、ゴルフを含むスポーツイベントに対する企業スポンサーシップを崩壊させており、2008年度スケ ジュールに名前を連ねていた「Emaar-MGF インドマスターズ」、「BMWアジアオープン」、「フィリピンオープン」、「バンコック航空オープン」、「タイPGA選手権」は、中止または延期となって います(インドマスターズとBMWアジアオープンは欧州ツアーとの共催)

Raimon Land社がスポンサーで開催される予定だった「Jaidee・ Invitational」も無期限に延期されました。賞金総額50万ドルのこの大会は、4/30日から5/3日に、パタヤのサイアム・カントリークラブ で開催されることになっていたのですが。タイ国内の経済情勢の悪化と政情不安が原因でRaimon Land社が開催を断念したのです。

「Jaidee・ Invitational」はタイ人プロゴルファーでRaimon Land社所属のトンチャイ・ジェイディをホストに開催される予定でした。ロイヤルトロフィーでも全勝と活躍したトンチャイ・ジェイディは、アジアンツ アー12勝とタイ人プロゴルファーの中ではナンバーワンの強豪でご存知の方も多いと思います。2004年にタイ人として初めて欧州男子ツアー「マレーシ ア・オープン」に優勝し、今年も欧州ツアーで2勝しています。

トンチャイ・ジャイディは今年3月1日にインドネシア、バリ島のニュー・クタGCで最終日が行われた、欧州ツアー第12戦「インドネシア・オープン」で通算12アンダーで逃げ切り優勝を果たしています。

さらに4月26日が最終日の欧州ツアー第19戦「バランタイン選手権」(韓国・済州島にあるピンクスGCで開催)トンチャイ・ジェイディが、S-H.カン (韓国)、ゴンサロ・フェルナンデスカスタノ(スペイン)とのプレーオフを制し、今年2勝目を手にしています。4位タイには強豪アーニー・エルス(南アフ リカ)らが入っていました。トンチャイ・ジェイディはこの2勝で世界ランキングも50位前後にランクアップしています。


何故韓国で「バランタイン選手権」が開催されたかというと、近年韓国ではナイトクラブ等でウイスキーの消費量が増えています。もともと焼酎もストレートで 飲むお国柄で、ウイスキーをショットグラスに注ぎ、一気でよく飲まされたものです。私が韓国に行きだしたころはシーバス・リーガルがウイスキーの代名詞で したが、バブル気味の景気とともに、バランタインの17年や30年がステータスシンボルとして飲まれるようになっていったのです。ゲージ・デザインのパ ターを販売する際に、パター+バランタイン30年をセットにして300万ウォン(当時約30万円)で販売している会社もありました。自殺した盧武鉉(ノ・ ムヒョン)前大統領は焼酎しか飲めなかった弁護士時代から一変し、大統領になってからはバランタイン30年を飲んでいると新聞でたたかれたことがあるほど です。バランタインの輸入元が販売促進のためにトーナメントを開催したのでしょう。

ボルボ社がいう「アジアゴルフを取り囲む不安定な環境」とは、オーストラレイジアン、韓国、中国の各国ツアーに支持されて今年発足したワンアジア・スー パーシリーズと従来のアジアンツアーの対立を指しているようです。アジアンツアーとワンアジア・スーパーシリーズの関係者は4/8日、オーガスタナショナ ルで行われた国際ゴルフ連盟(IGF)の会議に、両者の現状について報告しました。いずれの公認組織がアジアのトーナメントをコントロールするかについ て、この両団体の論議は継続しています。

アジアンツアーの会長、Kyi Hla Han氏は、3月末タイ、ホアヒンで開催されたブラックマウンテンマスターズにおいて、同組織の会議を行った際に、ワンアジア・スーパーシリーズと欧州男 子ツアー共催の「ボルボ中国オープン」に公式許可無しにアジアンツアーのメンバーが出場した場合は、5,000ドルの罰金と2009年シーズン中のメン バー資格を一時停止するという方針を伝えました。(アジアツアーとヨーロッパツアーの二つのライセンスを持つ者、そして中国の選手については、許可されま した)

もう一つのイベント、5月7日から10日に予定されていた「パインバレー北京オープン」は、いつの間にかキャンセルされていました。昨年、アジアンツアー と日本ツアーの共催として鳴り物入りではじまった「パインバレー北京オープン」は、今年はワンアジア・スーパーシリーズの第二戦として開催される予定でし た。JGTOによれば、「大会主催者のフォアピングループから、米ツアーの『ザ・プレイヤーズ選手権』と同週開催のため、日程を延期したいとの連絡を受 け、これを受諾することにしたのです」ということですが、同週開催は以前からわかっていたことだけに、本当の延期理由は何でしょうか?

これまでのところHan氏(アジアンツアー会長)は、アジアンツアーのプレーヤーにワンアジアと共に行動することを認めておらず、「もし彼ら(ワンアジ ア)が(独自に)新しいスポンサーを見つけ来るのであれば、トーナメントは成立するかも知れないが、彼らは単に我々から取り上げようとしている」と対決姿 勢を強めています。もともと合意がされないままに見切り発車していたワンアジアツアーの発足は、経済不況によるアジアンツアーのスポンサー離れにより、更 に溝が深まっているようです。

日本の男子ツアーも賞金総額の減額が相次いでいます。「長嶋茂雄招待セガサミーカップ」1億5000万円→1億3000万円、「フジサンケイクラシック」 1億5000万円→1億1000万円、「ANAオープン」1億3000万円→1億1000万円、「キヤノンオープン」2億円→1億5000万円、「ザ・ チャンピオンシップby LEXUS」2億円→1億5000万円、「三井住友VISA太平洋マスターズ」2億円→1億5000万円。上記の6試合に加え て、JGTOの特別協力大会の「アジアパシフィックオープンゴルフ選手権・パナソニックオープン」も2億円→1億5000万円になっています。
これにより、今季男子ツアーの賞金総額は当初発表の37億1000万円から2億8000万円の減額で、計34億3000万円(7・5%減)となり「1億円大会」が3試合ほど消えた金額に相当します。「石川遼効果」がなければさらに悲惨なことになっていたでしょう。

アメリカでは1983年に始まったスキンズゲームの2009年開催延期が発表されました。
この大会を支えてきたESPNやIMGメディアが、このインディアンウェルズで行われているイベントの延期を発表したもので、2010年の再開が計画され ています。スキンズゲームはアーノルド・パーマー、ジャック・ニクラウス、ゲーリー・プレーヤーが参加して始まりました。その後、昨年までその年を代表す るプレーヤーで争われ、前例のない巨額な賞金を争うイベントに発展してきていました。昨年はK・J・チョイが6スキンを獲得し415,000ドルを獲得、 スティーブン・エイムズを下してタイトルを獲得しましたが、他にフィル・ミケルソン、ロコ・メディエイトも参加していました。

経済危機はゴルフ界にも大きく影響を及ぼしてきています。

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