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SAMMY'S GOLF CO.,LTD.
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3FL, 593/13-14 Soi Sukhumvit 33/1, Sukhumvit Road., Klongtan-Nua, Wattana Bangkok 10110
MOBILE: 087-906-7272 (日本語)
FAX: 02-259-2662
URL: www.sammygolf.com
E-mail: sammy@sammygolf.com
Open: 12:00~20:00 (月曜定休)

打ちっぱなし(内輪話)

アメリカンドリームの終焉

米国PGAツアーの日程が大きく変わります。PGAツアーの「レギュラーシーズン」は、ハワイのカパルアで1月に開幕し、8月のグリーンズボロで開催される「ウィンダム選手権」でシーズンを終了していました。メジャー大会は4月の「マスターズ」に始まり、6月に「全米オープン」7月は「全英オープン」そして8月の「全米プロ」を経て「フェデックスシリーズ」4試合で年間チャンピオンを決め「フォールシリーズ」3試合で翌年のシード選手を確定。ツアーカードを獲得できなかった選手は「Qスクール」でシーズンを終えるというシーズンの流れになっていましたが、大きな変更が発表されました。

また「ネイションワイドツアー」として行われてきた二部ツアーの冠スポンサーをウェブ・コム社(Web.com)とし、名称も「ウェブドッドコムツアー(Web.com Tour)」とし、10年契約が成立したことを発表しました。ウェブドッドコム社はすでにネイションワイド社と交替し「ユナイテッドリーシング選手権」からスポンサーとなり、今後2021年まで継続することが発表されています。この冠スポンサーの権利に加え、ウェブ・コム社は「PGAツアー、ウェブ・コムツアー、チャンピオンズツアー」の公式マーケティングパートナーになることも決まっています。一方、2003年からこれまでのスポンサー、ネイションワイドインシュランス社は、同社地元のPGAツアー「メモリアルトーナメント」にスポンサー復帰することを決定しています。

現在、開幕戦となっている「ヒュンダイトーナメント・オブ・チャンピオンズ」は開催されなくなり「ネイションワイドツアー」の賞金ランキング上位25位までがPGAツアー参加資格を得るという制度も廃止になります。そして「フォールシリーズ」も消滅することになりました。PGAツアーを目指す選手にとって“フィールド・オブ・ドリームス”だった「Qスクール」を勝ち上がってPGAツアーへの出場権を勝ち取れるという制度さえも消滅することになりました。「Qスクール」は上位25選手に「ツアーカード」を与えていましたが、13年以降「ウェブドットコムツアー」の予選会となり、これまでのように6日間の戦いのみで「レギュラーツアーのシード権」を獲得することは不可能になったのです。

新制度では、レギュラーツアーの「FedEx Cup」ポイント上位125人がシードを確保し、その後のプレーオフを戦うことになります。プレーオフ進出を逃した126位から200位の選手たちは「ネイションワイドツアー」から冠スポンサーが変更された下部ツアー「ウェブドットコムツアー」における上位75人の選手(およびFedEx Cupポイント126位~200位に相当するポイントを獲得したノンメンバー)との全3試合の「ウェブドットコムツアー・ファイナル」に出場するというスケジュールに変更されました。「ウェブドットコムツアー」の年間賞金ランキング上位25人は、無条件で翌年の「PGAツアーシード権」を獲得できます。残り25枚のツアーカードは2013年の9月に第1回の開催を迎える「ファイナル」3試合で争われることになりますが「ウェブドットコムツアー」の賞金王とファイナル3試合の賞金王は、翌年の「ザ・プレーヤーズ選手権」の出場資格を手にすることも発表されています。

「Qスクール」という、一発勝負の「アメリカンドリーム」が消えてしまうのは残念な様にも思います。最後となった昨年の「Qスクール」を24位で通過し、2012年のツアー出場権を獲得した韓国のジョン・ハーは「ファーマーズ・インシュランスオープン」6位、「フェニックスオープン」では優勝争いをしたものの終盤に崩れ12位と活躍。そしてシーズン5戦目となった「マヤコバクラシック」で優勝と華々しい成績を挙げました。しかしプロゴルフの世界は、年間を通して良い成績を収めることに意義があるのであって、たった1週間のテストだけで「年間シード」を決める「Qスクール」は、宝くじを当てるようなものに等しく、消滅は適正な「改正案」という意見が圧倒的です。

PGAツアー」以外の欧州やアジア、オーストラリアや南アフリカ等のツアーで成功を収めた人気選手が参加することにより「PGAツアー」の人気とツアーレベルはさらに上がることになります。「いつの日か必ずトッププロになる」という目標を持つ選手達が凌ぎを削る2部ツアーは、アメリカでは非常に人気があります。個性が強い選手が多く、ゴルフの競技性を何よりも重視した運営も功を奏したのでしょう。現在の「ネイションワイドツアー」は、世界中のプロがまず手始めに自分達のスキルを試す舞台として存在しているのです。「ネイションワイドツアー」を経て「PGAツアー」出場を果たした選手の方が「Qスクール」出身選手よりも実力が高く、より長く「PGAツアー」に参戦しているという傾向を考えれば、選手が将来に向け、自身の技術を磨くのにより適しているのは間違いありませんが、ここでも韓国勢に押されて今田竜二、貞方章男以来、残念ながら挑戦している日本人はいないという状態でした。

キーガン・ブラッドリーはルーキーながら、昨年の8月にアトランタACで開催された「全米プロゴルフ選手権」で優勝しましたが「Qスクール」ではなく「ネイションワイドツアー」出身で、同ツアーでの経験により選手として大きく成長し、メジャー初優勝まで成し遂げたのです。そのK・ブラットリーにプレーオフで敗れ、今年大ブレークしたJ・ダフナーは2部ツアー時代から今田の親友で、ともに苦労して「PGAツアー」に勝ち上がってきた選手です。レギュラーツアーを目指したツアー生活の中で、力を蓄えたプレーヤーのブレークといえるでしょう。

世界ランキング50位以内の選手には「PGAツアー」やメジャー大会の出場権が認められているため、欧州、もしくはアジアのツアーで好成績を残し挑戦すれば「PGAツアーシード権」を獲得出来る仕組みになっていました。ベ・サンムンが去年Qスクールに参加した際には、既に2012年のWGC大会やメジャーへの出場が決定していました。「Qスクール」で落選した場合でも、翌年出場資格のある12大会で「シード権獲得」に十分な成績を残すことが出来るよう保険をかけるという、これまで多くの日本人選手がPGA出場権獲得のために実行した方法を選んでいました。石川としても、やはりツアー制度変革の前に「PGAツアーシード権」を確定しておきたいという思いがあったはずです。

石川はこれまで、米国のトーナメントに出場する度に、自分より何十ヤードも先まで飛ばす選手を何人も目の当たりにし「飛距離を伸ばすこと」をテーマに、スイング改造に取り組んできました。プロであれば、それは当然のことで、これまでも米国に挑戦した日本の選手の誰もが、世界レベルの飛距離を求めてきたという経緯もあります。シーズンを通して米ツアーで戦うようになれば、石川のテーマも変わってくるでしょう。全力でクラブを振り回していたら、いつまでたってもドライバーの方向性は安定しませんが、成績が上がらずにいると「勝つためには何を磨くか」に、気づかされるはずです。

PGAツアーに初めて参加する米国選手は、先輩から「1年目でホテルを覚えろ。2年目でレストランを覚えろ。3年目にコースを覚えろ」とアドバイスを受けるそうです。つまり、地元米国の選手でさえ、ツアー生活に慣れるまでに3年はかかるということになります。その中で「米国で戦う術」を覚え、結果を残すための武器を磨き続けるしかないのです。世界ランキングトップのルーク・ドナルドの平均飛距離は284.1ヤード。米ツアーに参加する選手の中で147位でした。それでも結果を出せるのは、449ホール連続3パットなしという、驚異的な安定感を誇るパッティングの技術を持っているからでしょう。

石川も同様に、自分の武器を見つけて勝負に望めば、間違いなくチャンスは巡ってくるはずです。米ツアーに挑戦した日本人選手と比較して、格段に若いのも強みです。青木功プロが海外で活躍したのは36歳からで、丸山茂樹が本格参戦したのは31歳でした。実績を残した二人より10年~15年も早くなるわけで、3勝した丸山以上の勝利を挙げる可能性は高く、同年代の「マスターズ」ベストアマの松山や「全英オープン」で活躍した藤本というライバルの登場も刺激になるはずです。

その「全英オープン」は、またしても今年の流れ「大逆転劇」を象徴する大会になってしましました。最終日をトップで独走したアダム・スコットを最終ホールで逆転し、優勝を果たしたアーニー・エルスは、通算5アンダーからスタートでした。前半で2ボギーと「全米オープン」で巡ってきたチャンスを逃したのと同じく、久々のメジャー優勝は無理なポジションに思えました。しかし10番、12番、14番と立て続けにバーディを奪い、通算6アンダーとリーダーズボードをかけ上がり、最終18番で4mのバーディパットを沈め、首位戦線に浮上し、パッティンググリーンで誰かにしきりに電話をかけている間に、A・スコットがボギーを叩き、10年ぶりのメジャー制覇が決まりました。

15番ではティショットを左ラフに入れ、第2打もグリーン左に外してしまうピンチ。16番でもティショットを大きく右に曲げてしまうという連続の大ピンチを、パーセーブで凌いだことが勝利に結びつきました。「正直なところ、あの16番のティショットを曲げたことも、ミスを犯したとは思っていない。グリーンを狙ったけど右に押し出したことは事実。でも、そこからのチップはうまく寄せられた。本当に必要なところで、必要なショットをうまく打った」と語っていますが、このパーセーブが18番のバーディを呼び込んだのです。

インタビューでは敗者を気遣い「アダムに会ったら彼は大丈夫そうだった。アダムには、こんなことになって心が痛むと言ったんだ。自分も同じ立場になったことは何度もあるし、君ならすぐに立ち直れる。引きずってはいけないと言った。彼はまだ32歳と若いし、あと10年でまだたくさんのメジャーを勝てるはず。自分は4勝だけど、彼はそれ以上勝てるだろうね」と、やはり今大会もキーワードの「ナイスガイ」が優勝しました。惜敗のアダム・スコットは14番のバーディが勝利へのダメ押しにさえ思えました。それまでも距離を合わせたイージーパーを重ねリードを守っていただけに意外な崩れ方ですが、やはりメジャーで優勝するにはまだ「経験」が足りなかったということでしょうか。14番のバーディで気が緩んだのか、15番でフェアウエイを捉えながら第2打をバンカーに入れたことが悪い流れを呼び込みました。16番で3パット、17番でパーパットを外した段階で、先に上がっていたE・エルスの、メジャー4勝目の可能性が高くなったのです。 

A・スコットは「あれを入れれば、まだ、どうにか首位にとどまることができたのに、あのホールが一番悔やまれる」とやはり17番のパーパットを振り返っていましたが、18番のティーショットがバンカーに消えた段階で、勝負の流れはE・エルスの「復活逆転勝利」に大きく傾いたのです。72ホールが終わるまで「今、ここで何をするべきか」に集中することを維持できるかどうかが「メジャー制覇」には要求されます。「大きなチャンスが指の間から滑り落ちていった。今日はそういう日だった。でも、だから人々は、このゲームをゴルフと呼ぶんだね」と前を向いて語っていましたが、この「経験」が大きな力となって、A・スコットの「メジャー制覇」を可能にしてくれることでしょう。

石川は米国の5連戦は現地のキャディを使っていたのに、一番情報が必要な「全英オープン」は日本人キャディに戻し、コースを熟知した地元のキャディを使わなかったことに疑問が残ります。今後の米国5連戦はどうするのか分かりませんが、できれば専属キャディを早く決めて、終盤の日本ツアーも帯同して「必要なときに、必要なショットを打つ」をテーマに戦って欲しいですね。

スポーツの認識 8月1日

「日韓対抗戦・ミリオンヤードカップ」で、勝利を目指した日本チームは完敗でした。出場資格はワールドランキングトップ250位以内の上位4名、KGPポイントランキングの上位4名、そしてキャプテン推薦2名という選考基準でした。世界ランキングで8名が200位以内にランクインしている韓国チームですが、ランク上位の選手は参加せず、200位以下の選手達が相手と実力では負ける相手ではなく、なんとも理解のできない敗戦でした。結果として準備の差が勝敗を分けたようです。韓国チームは全員が2日前から現地入りし、ダブルスの練習やコンビを組んだ場合の使用球などを綿密に準備して大会に臨んだようです。一昨年、韓国済州島のヘビチカントリークラブで開催された「現代キャピタル招待・韓日プロゴルフ対抗戦」では、日本チームが初日からのリードを守りきり、韓国チームから勝利しています。

6年前の「第1回日韓戦」で敗れた雪辱を果たしたのですが、池田勇太は1打差で敗戦、石川は当時絶好調の「天敵」キム・キョンテに7打差をつけられる大敗。トリを務めた片山晋呉も敗れ、最終結果は日本が10.5ポイント、韓国が9.5ポイントと僅差の勝利でした。韓国勢はジュニア時代から「国家代表」になるために大変な努力を重ねています。「国を背負って戦う」経験の差がでたとも考えられます。他のスポーツでもそうですが、オリンピックの様な4年に一度の一発勝負でも勝負強いのは韓国です。ここ一番で「実力以上のパフォーマンス」を出せる選手層は韓国のほうが上の様です。常に国を代表する意識を持ってゴルフに取り組む姿勢は、日本の若手にも学んで欲しいものです。

前回大会は韓国国内では「四天王」と呼ばれるY・E・ヤン、キム・キョンテ、ベ・サンムンの3人が参加し、釜山のジョンサンカントリークラブで開催されました。「MILLION YARD CUP・ミリオンヤードカップ」と名称を変更した初回でしたが最終日のシングルスストロークプレー10試合、韓国チームが6勝3敗1分で勝利を重ね、通算で11.5ポイント(韓国)対8.5ポイント(日本)となり、韓国チームが2年ぶりの勝利を飾りMVPにはキム・キョンテが選ばれていました。最終日は途中で雷雨にも見舞われた影響もあってか、来場者は2400人。日本男子ツアーの近年の状況からいえば数分の一の数にとどまり大会3日間での総入場者数は5000人と「日本で開催したら、もっとギャラリーも多いはず」と、韓国開催に疑問を呈する声もあがっていました。しかし日本ではスポンサー探しが困難で、韓国で行われることが濃厚とされていたのです。昨年の大会はメインスポンサーの「国民銀行」が所属選手のY.E.ヤンを米ツアーから呼び寄せましたが、この日の会場には大会スポンサー以外に韓国国内の財閥企業、報道機関のトップが会場を訪れるなど、「日韓戦」開催に向け積極的なのは、韓国サイドでした。なんとかスポンサーを集め、今回は待望の日本開催でしたが、残念ながらギャラリーが少なく「日韓戦」としては盛り上がりにかけたようです。

「野球やサッカーでは、おもしろいくらい毎回接戦で、勝ったり負けたりを繰り返している」と石川が言うように、日韓戦といえばライバル同士の接戦が繰り返されてきました。まさかの完敗で終わった後、青木キャプテンは準備期間について「友達同士ではやっていたんだろうけど、俺がその中に入ってやっていなかったのが一つの敗因かもしれない。俺自身、決まったあとに、1球ずつ打つとか、ボールの違いを確認するとか、“練習する時間があったらしておけ”ぐらい言えば良かったと思う。韓国チームは輪というものができていて、そういった指示を出さなかったのは悔いが残った。選手は目いっぱいやってくれたし、今日なんてひょっとしたらひっくり返せるんじゃないかって思うくらいの勢いだったから、出だし2日間のコミュニケーションをうまくやってもっと点数が離れないでいたら、という感じもあった。それだけに悔しいし、選手たちに申し訳なかったなという思いがある」と語っていますが、日本代表として戦う経験の浅さと、ワンボールとベストボールの戦い方等の、ダブルス戦のための準備不足が敗因なのではないでしょうか。

「日本のゴルフ起源」は1901年に、英国人のアーサー・グルームが自分の別荘があった六甲山上に4ホールのコースを造って仲間たちとゴルフを楽しんだのが始めとされています。1903年には、9ホールとなり日本で初めての「神戸ゴルフ倶楽部」が誕生したのです。しかし冬になるとコースはクローズを余儀なくさせられることから、現在の神戸市東灘区魚崎町横屋に6ホールのコースを建設したのが「横屋ゴルフ・アソシエーション」で全長1196ヤード、パー21。このコースはやがて鳴尾コースとなりますが、キャディをしていた福井覚治氏が、後に日本人プロゴルファー第1号となっています。しかし当時はほとんどが外国人ゴルファーだったようです。

1927年(昭和2年)にJGAは「日本オープン選手権」を初開催しています。昭和4年には宮本留吉、安田幸吉プロが「ハワイオープン」に日本人プロとして初の海外挑戦を果たしています。1932年(昭和7年)には宮本留吉プロが「全英・全米オープン」にメジャー初参加していますが、関東・関西に分かれて創立されていたプロゴルフ協会が、1957年に「日本プロゴルフ協会」として発足した際に宮本プロは理事長に就任されています。また同年に霞ヶ関CCで開催された「ワールドカップ」の前身「カナダカップ」では中村寅吉・小野光一プロの日本チームが団体で優勝。個人でも中村プロが優勝を飾り、ゴルフが始めてテレビ中継され第一次ゴルフブームのきっかけとなったのです。

女子は日本プロゴルフ協会女子部として1967年(昭和42年)にプロテストを初開催していましたが、1974年に日本女子プロゴルフ協会として独立、初代会長は中村寅吉プロでした。プロテストから10周年の1977年6月に開催された「全米女子プロゴルフ選手権」で樋口久子プロが米ツアー挑戦8年目で「アジア人としてのメジャー初優勝」を果たしたのです。1981年に日本の賞金女王になった岡本綾子が翌年から米女子ツアーに挑戦し、欧米女子ツアーで通算18勝という輝かしい成績を残しましたが、1987年には「LPGA賞金女王」にも輝いています。

 

韓国にゴルフが持ち込まれたのは1900年(明治33年)頃とされています。1921年(大正10年)には国内初のゴルフ場が造られていますが、韓国ゴルフ協会が発足したのは1956年(昭和31年)で、男子の韓国プロゴルフ協会が出来たのは1968年(昭和43年)でした。78年に日本と同じように女子部が発足し、女子プロゴルフ協会は1988年(昭和63年)発足と24年しか経っていません。日本でも活躍した具・オッキや姜・チュンジャが一期生ですが、姜・チュンジャは副会長の要職に就いています。

日本に遅れをとっていたKLPGAは、パク・セリの登場で急速な進化を遂げたのです。1998年にプロ入りしたP・セリは、同年のアメリカ女子ツアーでいきなり大活躍を見せたのです。「全米女子オープン」「全米女子プロ選手権」とメジャー2大会を制覇したことで、韓国国内で空前の「ゴルフブーム」が巻き起こり、多くの子どもたちがゴルフを始めるきっかけになりました。韓国では『パク・セリ キッズ』と呼ばれる様に、パク・セリの活躍で小学生からゴルフを始めた選手が多く、シン・ジエ、アン・ソンジュ、チェ・ナヨン、イ・ボミ等がその代表選手です。

日本ゴルフ協会のジュニア会員数は1万4000人ほどと言われていますが、韓国ゴルフ協会に登録されている小学校から高校生の選手数は、2900名程度で、日本の4分の1にも満たないのが現実です。ゴルフは試合の場数を踏むことで得られる「経験」が、上手さやスコアにつながっていくスポーツですが、ジュニアからの一貫指導を可能にするためには、高度で専門的な技能・能力を持った指導者の存在は不可欠です。

 

韓国ジュニアは本当によく練習します。朝から晩までゴルフ漬けの毎日を繰り返し、その圧倒的な練習量で、ジュニア時代からの競争を勝ち抜いてきた選手が世界中で活躍しています。私が韓国でレッスンしていた時のことですが、朝早くから練習場に来て待っている子供たちに「学校に行きなさい、放課後に来たら教えてあげる。勉強しない子には教えない」と伝えると、父親と担任の先生が訪ねてきて「勉強は練習場とゴルフ場が忙しい土曜、日曜日に集中して指導します、平日はゴルフだけやらせますのでお願いします」と、初めから驚かされたのを覚えています。勝利への執着心が人一倍強く、勝つためにとにかく練習するのは全面的にサポートする家族の期待に応えるためなのかもしれません。

 

日本で賞金王になったキム・キョンテや、米女子ツアーで活躍するシン・ジエは「国家代表」としての豊富な経験を武器に活躍しています。韓国ではサッカーや五輪種目と同様に、ゴルフでも「国家代表」になることが、エリートコースとされています。1983年から韓国ゴルフ協会(KGA)が実施しているのは、「国家代表・代表常備軍制度」です。3年後に迫ったアジア大会を意識して、協会主導で体系的に代表選手を育成・強化するようになったのですが、キム・キョンテをはじめ多くの選手が、アマチュア時代に「国家代表」もしくはその予備軍である「常備軍」を経験しています。KGA専属コーチのもとで練習を繰り返し、ウエイトトレーニングやメンタルトレーニング、ゴルフ理論やマナー講義などを体系的に学ぶことができるのです。

現役プロとのラウンドもある合宿は、年間150日以上。日本の宮崎などで行なわれる海外遠征もあって、その費用のすべてをKGAが負担してくれるのです。無料で充実したレッスンを受けられるのですが、国家代表になって、そうした恩恵に授かれるのは、年間で男女各6名だけです。国家代表になるためには、代表常備軍メンバーにならなければならないのですが、小学生(5、6年生)8名、中学生22名、高校生26名、大学生6名と限られています。メンバー選出は実力主義で、国内外で行なわれる1年間の公式戦(10~15試合)の成績をポイント換算し、そのポイントによって「代表常備軍」メンバーが決まる仕組みになっています。大会で結果を残してポイントが加算されなければ「代表常備軍」入りできないので、どんな大会でも選手たちには緊張感があり、常に「競争」という現実にさらされるのです。

 

キム・キョンテのように、高校2年生から大学2年生まで4年連続して「国家代表」になったケースもありますが、2003年に「国家代表」だったチェ・ナヨンは、翌年には代表常備軍落ちしています。シン・ジエも国家代表歴は2005年の一度だけで、アン・ソンジュ、イ・ボミは代表常備軍止まりで、ベ・サンムンに至っては代表常備軍入りすらしたことがないのです。韓国チームの層の厚さを感じますが「国家代表」を目指し、ジュニア時代から熾烈な競争の中で鍛えられることで「勝負強さ」が自然に身につくのでしょう。

日本ではJGAジュニアメンバーに登録すると、地区ごとにレッスンが受けられ、ハンデが取得できる程度で「強化」は地方の各支部まかせになっていますが、入会金、年会費を徴収し、入会しないと「ジュニア選手権」に出場できないというお粗末さ。ナショナルチームの合宿もグアムで春先に一週間程度、夏の強化合宿が3日間と、年間を通じスケジュールが詰まっている韓国との差は比較になりません。JOCはエリートアカデミー活動を始めていますが、平成24年度参加者は、中学1年から高校3年までで卓球18名、レスリング12名、フェンシング12名と計42名と3競技にとどまっています。

2008年に開催された北京オリンピックのため強化予算を比較すると、1位は韓国で年間予算597億円を注ぎ込み金メダル13個を獲得しましたが、開催年は特別に+63億円で計660億円となっていました。2位は開催国の中国で、年間予算480億円で金メダルは51個。3位の米国は年間予算165億円で金メダル36個。4位は今回開催国の英国で、年間予算118億円で金メダル19個でした。日本は年間予算40億円で金メダル9個でしたが韓国と比べると恥ずかしいレベルで、選手たちにメダルを期待するのがかわいそうになります。

にもかかわらず09年鳩山政権・行政刷新会議による事業仕分けでJOCの選手強化費約27億円と日本体育協会のスポーツ指導者養成事業等の約5億円の計32億円を、1~2割縮減すべきと判定されたのでした。「欧米主要国や中国は年間100億円超の予算で強化を行っている。現状でも日本は少ないのに、さらに減らされたら、メダルは獲れなくなってしまう」とJOCは猛反対しましたが、仕分け人からは「オリンピックは参加することに意義があるのではないか」と「迷言」までとび出てしまう酷さ。「参加することに意義がある」ということは「勝てなくてもいい」ということになります。この言葉には「ただ勝てばいいのではなく、参加し勝つための努力をすることが重要だ」と後段がついています。参加し勝つために積極的に予算を組み、選手育成に力を入れる韓国と中国。スポーツの出費を無駄ととらえている政治家が予算を組む「日本のスポーツ」に、未来はあるのでしょうか。

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